商売繁盛の神様

今日は、商売の神様のお話を…。

東北地方と言うか仙台市には
商売繁盛のご利益があるとされる
「仙台四郎」なる神様がいるそうです。

実在した人物のようで、
今でも仙台ではある種、キャラクター化されて
「四郎自身が選んで訪れる店は繁盛する」と
いろんなお店で祀られているようです。

先日、夕食を食べに行った飲食店で見かけ、
仙台四郎のことを知っている知人に
そのことを教えてもらいました。

ちなみにこの仙台四郎さん、
私とかなり似ていて、笑ってしまいます。
奥さんにも娘にも言って写真みせたら
「似てる。」と笑われました。


(仙台四郎さんです)

若い頃ならそう嬉しくもないですが(笑)、
いい歳になってくると
商売繁盛の神様に似てるというのは
悪い気はしませんね。
むしろ、商売している身としては
ありがたい話と思います。

実際の話。
奥さんによく言われるのですが
旅先や外食で、私と一緒に行った飲食店は、
空いているからと入店した店も
食べ終わって帰るときには
お客さんでいっぱいになっていることが
多々あるようです。

仙台四郎さんのエピソードを話した時も
「一緒やん。」と言われました。

実はこの話、高校時代から
自分自身も思っていました。
なぜか私の行った店ってお客さんが
後からたくさん入ってくること多いのです。

そんな背景があり、
商売繁盛の神様で、
なおかつ見た目が似ている・・・。
他人とは思えませんでした(笑)。

子どもの頃から友人にも恵まれ
社会人になってからも
本当にたくさんの目上の方やお客さんに
可愛がってもらう毎日です。

何より、ステキな奥さんもいて
可愛い娘も2人いるのですから
人生ヨシ!としないと怒られます。

そんなこともあり、これから
「姫路四郎」と名乗るか思案してます♪

若い頃は、
「もっと背が高く生まれたかった。」
「もっと男前に生まれたかった。」
と思いましたが、
「周りに人が溢れている」ことの方が
全然、ラッキーですね。
(そう思えるには時間がかかりましたが(笑))

これからも商売繁盛のサポートができるよう
仕事に家族、友人関係に頑張ります!!

灯台下暗し

今日で12月も半分終わりですね。
年の瀬が近づき、
何かと慌ただしくなってきました。
風邪(特にインフルエンザ)にならぬように
気をつける毎日です。

一昨日の13日は亡父の命日でした。
父が亡くなって29年経ったことになります。
当時18歳、高3だった私も今年47歳。
父は55歳でしたからもうすぐ追いつきます。

ちなみ私が55歳のとき
長女が18歳なので全く同じ。
それを考えたら心残りだったと思います。
健康には気をつけたいと思います。

昨日の夜は久しぶりに家族団らん。
ご飯を食べながら家族でブラタモリを観ました。

昨日は姫路城がテーマ。
地元が取り上げられてることもあり、
なかなか興味深く楽しい時間でした。

姫路という街は姫路城が無くなったら
観光が成り立たないほど
姫路城におんぶにだっこ状態(笑)。

とは言え、初めて知る情報もあり、
家族で大盛り上がり。
中でも驚いたのは、
姫路に水軍の基地があったことです。

江戸城との近い関係も関心しましたが、
あの当時、姫路という街は
重要な軍事拠点だったんですね。
改めて感心しました。
そりゃ、家康の次女が嫁いでくるはずやと
夫婦で笑いました(笑)。

お城周辺は地元なのでよく知ってますが、
今回言われるまでお城周辺の堀が
螺旋状になってるなんて気づきもしなかった。

「灯台下暗し」
自分の身の回りで起きていることは
案外分かりにくく気づきにくいものですね。

自分は恵まれていないとか
自分はツイていないとか
そんなことを思う時もありますが、
実は自分が気づいていないだけで
恵まれていたり、ツイていることが
本当はたくさんあるのでしょうね。

本当は自分の身の回りにいる
家族や友人といった多くの理解者がいることに
日々感謝できるように・・・・
灯台下暗しにならないようにしたいと
ブラタモリも見て思った森下でした。

わかりやすく伝えることの素晴らしさ

只今、ラクビーワールドカップの真っただ中!
先日、神戸で開催された試合を
友人と観戦してきました。
とても楽しかったです!

生で観戦する試合の迫力に驚きましたが、
観戦しているアイルランド人たちが
飲むビールの量にも驚きました(笑)。
体格も選手顔負けにデカいし・・・・。

私は高3の時の選択授業で
体育を選んでいたのですが、
この体育の時間は先生の好みで決まり、
半年間ラクビーして、
半年間は軟式野球でした。

4月5月の2か月間でルールを教えてもらい
残りは延々試合のみの展開。
ちなみに私はFW最前列のど真ん中
フッカーなるポジションでした。

この時の授業でルールがおおよそ分かるので
現在、ワールドカップを満喫しています♪


(卒業アルバムより。
タックルしてるのが私。
楽しそうだな~(笑)。)

テレビ中継ではルールがこまめに紹介され、
初めての人にも比較的わかりやすく
放送がされていますが、
ルールがよくわからないなと言われる人も
多いのではないでしょうか?

つい先日、元日本代表の大西将太朗さんが
すごく簡単にルールを教えてくれてる
記事を読みました。

大西さん曰く、覚えるルールは3つだけ!

①前にボールを投げてはいけない
②前にボールを落としてはいけない
③ボールより前にいる人たちはプレーできない

当たり前の話、細かく言えば
もっとルールはたくさんありますが、
まずはこれだけ理解されたら
試合を観てわかりつつ楽しめるといったもの。

簡潔に説明して相手に理解してもらうこと。
これって実はものすごいことです。

誰かに何を教えたり、伝えるときに
いちいち専門用語を連発したり
わざわざ大げさな表現で遠回りに
伝えたりする人って多いように感じます。

教えるって行為を利用して
実は、いかに自分が凄いかを伝えることに
すり替えている感じ。

例えば、教える行為を
仕事にしている人にとっては
知識や情報を簡単・簡潔に相手に伝えてしまうと
ビジネスが継続していけないからか
たいそうに言わないといけない
そんな背景もあるのでしょうが、
聴く側として分かりやすく
伝えてほしいと思うものです。

本当に大事なことは
話を区切って順番に継続して言うより
同じ話を何回も伝えたほうが
相手には伝わるのではないでしょうか?

1つの話を5回に区切って言うより
同じ話を5回言ったほうが伝わる感じ。

相手に物事を伝える内容の基本形は
「結論。なぜなら〇〇〇〇〇」
となれば、まずはキモになる基本を
一言で最初に伝えられることは
とてもわかりやすいわけです。

大西さんは簡単にルールを
教えてくれています。
これを観るきっかけにして
ラクビーの面白さを知ってもらえること、
これこそが本来の目的であり
素晴らしいことだと感心するのです。

今回のワールドカップの日本は、
前回のイギリス大会での南アフリカ戦に
匹敵するアイルランド戦勝利があり、
勢いに乗ってます。

開催国といった地の有利はありますが、
観ててとても頼もしい!
是非、予選突破して頑張ってほしいと願う
一ファンの森下です。

追伸

先述した前大会での南アフリカ戦で
勝利した最後のトライのシーンは、
個人的にスポーツ名シーンの
ベスト3に入っています。

(ちなみに後の2試合は、
1996年第78回夏の甲子園 決勝
熊本工の奇跡のバックホーム と
2000年PRIDEのリングであった
桜庭和志VSホイス・グレイシー戦の
6R終了後のタオル投入シーン(笑))

このトライしたときの映像は
youtubeなどで今でも観ることができます。
大げさでもなんでもなく
200~300回くらい観たと思います。

今回のワールドカップが始まる直前には
改めて20回くらい観ました(笑)。

何回観てもドキドキする試合です。


(21:50~ テンション上がります。
 「スクラム組もうぜ!」は名実況ですね。)

今回観戦して、
ラクビーは野球ほどではないですが、
サッカーよりも「間」が多い
スポーツだと改めて認識しました。

日本人は「間」を好むので
野球がここまで人気になったと
昔、上岡龍太郎さんが言われてました。

今はサッカーもここまで浸透したのなら
「間」がさらに多いラクビーは、
日本人の嗜好にあったスポーツなんだと
こっそり思っています・・・・。

引退 おつかれさまでした。

涼しくなってきたと思ったら
この2日間は夏に逆戻りしたような暑さ。
本当、体調を崩しそうになります。
お腹出して寝ない様に気をつけます(笑)。

全国のいろんな街を行ってて
ふと気づいたのですが、
姫路という街は規模の割に
ラーメン屋が少ないように感じます。

その代わり、大衆中華料理店は
比べたらたくさんあるように思います。
姫路は旨いラーメン屋どこ?というより
旨い大衆中華はどこ?って感じがします。

私が作る料理は、ほとんどベースが中華。
それくらい嗜好が中華に偏ってるせいか
大衆中華料理が大好き。

そんな私なので、
好きな大衆中華料理店が多いのですが、
その中で五指に入る名店が
来月で40年の歴史を閉じると友人から聞き
先日、行ってきました。

歳とったせいか、なかなか
ボリュームのあるランチは食べないのですが、
もう最後と思ったら食べておきたくなり
ラーメンチャーハン餃子セットを食べました。

旨かったですが、夜ご飯の時間が来ても
お腹がすかなくて困りました(笑)。

歳を重ねて、50歳目前ともなれば
そんなお気に入りの店や
思い入れのある店が閉店していくのも
仕方ないのですが、
とはいっても寂しい気持ちになります。

このお店の想い出の原点は34年前。
当時、中1だった私は家から自転車で
15分くらいの場所にある塾に通ってました。

今思えばその塾は、
当時はまだサラリーマン?だった先生が
副業のような形で始めた塾。
塾としては始まってすぐといった時期でした。

中学入学時はそこそこ勉強もできましたが、
卒業あたりには程よく
真ん中より上くらいにおさまり、

高校時代は今思えば、
落ちこぼれでしかないのに
全く自覚もない無邪気に大学進学を希望し、

浪人を経て大学に合格したとき、
その報告が届いた高校の職員室に
驚嘆の声が上がったと言えば
どれだけ優秀だったかは
わかってもらえると思います。(笑)。

まぁ、中1の頃は
まだ勉強もよくできてたわけです。

そんな中1の夏休み明けのこと。
2学期早々あった実力テストで
確か学年で初めて100点をとったのが
何を隠そう私だったわけです。
(今、思えば中2の図形の証明で
躓かなければ今頃、どうなってたのか?
たぶんあんまり変わってないか・・・)

親も喜んでくれましたが、
何よりその塾の先生が
メチャクチャ喜んでくれたんよな・・・。

報告した日の夜の授業は、
いつもより少し早めに授業が終わり
10人くらいの生徒全員で
マクドナルドで買ってきたハンバーガーで
祝勝会みたいな会を開いてもらいました。

で、別の日に先生がこっそりお祝い?で
ご飯に連れて行ってくれたのですが
それが、この来月で閉店になる
大衆中華屋さんだったのです。

子どもにとっては学校でも塾でも
先生に褒めてもらえることは、
とても大きなことだったんだなと
今、親になり娘を見てて気づいたのですが、
やっぱり私も嬉しかったんでしょうね。

そんな想い出も加味してることもあり、
なんか寂しい気持ちになったりするのです。

開店、設立しても10年目を迎えられる
お店や会社は5%と言われます。

そう思ったら40年もつづいたことは
とても素晴らしい事ですね。
おつかれさまでした。

ここの親父さんは、聞いたところ
有名店の大勝軒の名物親父さんみたいに
惜しげもなく若い人に
なんでも教えてくれる人だったようです。

その弟子といった人たちのお店を
2~3軒知っていますが、
それらの店も20年、30年と続く
人気店だったりします。

金を残すのが上か
人を残すのが上か
人によって評価は分かれるところでしょうが、

歴史は人によって続いていくもの。
そう思ったら、
なんか一層寂しい気持ちになりますね。

私もそんな人を残せる
素敵な爺さんになりたいものです。

日本は100年遅れている?

暑い日が続きます。
ちなみに今日は亡き父の誕生日です。
高3の時に55歳で亡くなった父ですが、
生きてりゃ今日で84歳!

そりゃ私もおっさんになるはずだと
朝から思う森下です。

(高3の時の私。文化祭ではなく
文化発表会だった高校でした(笑)。
合間に歌っていた模様・・・。)

昨日で9か月間、治療に通っていた
歯科通院が終わりました。
銀歯を詰めてた歯が欠けたのが去年の11月。
歯医者嫌いな私でしたが、
ネットで調べて、ある歯科に通院。

本当、いい先生に会えました。
50歳までに一度、歯を全部
綺麗にしたかった希望もあったので、
今回、虫歯銀歯を全てセラミックにしました。

最後に1本残っていた親知らずも
抜いてもらいましたが、もうこれは神業(笑)。

5年前に親知らずは、3本抜きました。
(今回とは別の歯科で)
上の2本は歯科で簡単に抜けましたが、
下の歯は紹介状もらって日赤で抜歯。
抜くときも抜いた後も
なかなか大事だった記憶がありますが、
今回は、いつ抜歯されたのかすら
全然わかりませんでした。
ゴッドハンドでした!

最後にマウスピースを作ってもらい
10日前からつけて寝ています。

これからはメンテナンスで通いますが、
治療としては一区切りつきました。

長い通院期間でしたし、
何よりお金もかかりましたが(苦笑)、
気になっていたことが一つクリアできて、
本当によかったです。

(今回作ったマウスピース)

今回の治療の際、
先生が何気に言われた言葉が
実はものすごい心に残っています。

それは「日本は(確か)ドイツと比べたら
技術が100年位遅れている。」という言葉。
確かに今までみたことないような施設、機材で
今までしたことないような治療過程でした。

唾液検査や歯磨き指導なんて初めてでした。
顕微鏡?で細かいところまで見て
治療してもらいました。

何度もレントゲンで
根管治療の状態を確認されていたし、
目の前の大画面で
被せた銀歯をとった時の状況を
動画でも何度か見せてもらい、
余りにも悲惨な状態に衝撃を受けました(笑)。

歯型をとって次回に詰めるのではなく、
写真撮影してその場で新しい歯を作り、
当日に詰めてもらいました。
その際、唾液が入らない様に
ラバーをつけて治療してもらいました。

初めての体験ばかりでしたが、
ドイツなど海外では当たり前の過程らしく、
今までの考えや価値観では
なかったのは事実です。

歯科医の先生の言葉が
何故、ここまで心に残ったかというと
前職の工務店社長時代の最後の頃に
教えてもらったことの表現と
ほぼ同じだったからです。

それは、
「断熱などの性能基準においては
日本はドイツより100年遅れている。」
という言葉。

どれだけのジャンルで日本はドイツに
100年遅れているんだと思いましたが(笑)、
これが今の事実なのでしょうね。
(日本の家の一般的な性能は、
ドイツでは家畜小屋と同レベルらしいです。)

もちろん何もかも
新しいことがいいと断言できるのは、
神のみぞ知るといった世界で、
全否定をするのは勇気がいります。

(後発の新しい考え方は、従来のものを全て
否定するスタンスで来ますが、
なにもかもが新しい考え方のみ正しいと
言い切ればきるほど信仰的な世界になります。

押しつけがましくなればなるほど
それが事実いいものだとしても
相手は受け入れにくくなります。

ビジネスの場合は、その辺のバランスを
大切にしないと思うように相手に伝わらず
結果、思ったほど売れない感じがします。

でも、このニュアンスって技術屋さんほど
伝わらないように思うのは私だけかな?)

しかし、これまでの考え方や価値観では
もう合わなくなってきていることも
多々あるわけで、
そこは素直に取り入れていきたいですね。

とは言え、例えそれがいいものだとしても
新しいものにすぐ変われない理由も同時に
きちんと変えていかないといけないです。

新しいやり方に変わった時に
それまで仕事をしてもらっていた方との
関係はどうなるのか?

家づくりなら仕入れ先や職人さん、
歯科なら銀歯を作ってくれてた業者さん。

例えば、間にいる商社さんをなくせば
仕入れは安くなるけど、
その人達との繋がりを切って、
路頭に迷わすことができるのか?

そんな簡単に今まで
お世話になった人との関係を切れるとしたら
それはそれで何か別の問題な気もします。
(これが甘いという人もいるでしょうが、
そんな人とは私は友達にはなれないだろうな)

そして、一番大きな問題はお金の問題。
どうしても新しい技術はコストが高くなりがち。
実際、今回 治療した歯の治療も保険外が多く
今までと比べたらかなり高額でした。

長い目で見たら結果安いかもしれませんし、
目先のお金にとらわれて選択しないことも
事実、未熟なのかもしれません。

と言っても今を生きていく中で
お金をかけたくても今、かけられない人も
たくさんいるわけですから
「こんないいものなのに
選ばないのはダメだ!」といった
言い方の傲慢さには
いつも違和感があるわけです。
(これが信仰的な印象を生んでたりします。)

セラミックの治療がいいものでも
保険外で高額なら
保険内でできる銀歯の治療が多いのも
今は仕方ないようにも思います。

と言っても新しい技術は
どんどん取り込んでいきたいので
そういった考えがコスト的にも
抑えられる方法はないか?

そんな事が並行して行けれたらいいのになと
そんな夢のような話を思っています。

そして、遡って今回の歯科治療の
保険外だった負担分が先で返ってこないかな?
と都合よく思ったりしています。

・・・・・・・・・・・返るわけないか(笑)。

諦めないこと

今日はとても清々しい天気です。

雨が続き心配しましたが、
昨日は無事、曇りのち晴れとなり、
娘たちの運動会が開催されました。

毎年、お互いの母(おばあちゃん)も
観に来てくれるので、お弁当は6人前。
夫婦で前日の夜と当日の朝早く
キッチンに並び、悪戦苦闘してます。

今年もいい感じでできて
娘たちも気持ちいいくらい
モリモリ食べてくれてよかったです。


(今年のお弁当です。)

運動会も娘たちはダンスやかけっこなど
張りきった姿を見せてくれ
元気に育ってくれていることに感謝しました。

一生懸命頑張る子供たちをみてると
我が子に限らず、応援してしまいます。

1年生のダンスは可愛すぎて笑いました。
6年生の組体操は感動してホロッときました。

長女は今年5年生。
来年で小学校最後の運動会となります。
来年の組体操は、
おそらく泣いてしまいそうです(笑)。

勝ち負けが全てではないですが、
紅白での勝負事なので
やっぱり最後は勝敗も気になります。

しかも、今年は初めて娘揃って同じ紅組。
朝も「勝ちたい!」と学校へ。
結果は白組が追い上げて180対180の
引き分けといった結末でした。

一生懸命な姿を見てたら引き分けが
一番いい結果な気もしました。

とはいえ、スポーツは勝敗も大事。
最後まで諦めない白組の姿勢には
子どものこととはいえ、
大人たちも力が入りました(笑)。

スポーツには最後まで諦めなかった結果、
奇跡の逆転劇も多くあります。

多くの逆転劇の中では個人的には
2015年のラクビー ワールドカップでの
日本VS南アフリカ戦が
一番記憶に残っています。

この試合の最後は何十回も観ました。
貼り付けたYouTubeの25分20秒からは
何回見ても、鳥肌が立ちます。

こんな結末は、なかなかあるものではないし、
こんな人生のご褒美はあっても
人生1回あるかないかかもしれません。

でも、そんなことも諦めたら
味わえることもないのであれば、
何事も最後まで諦めないこと、
なによりも日々の練習を怠らないこと。

言われたら当たり前ですが、
そんな姿勢で毎日過ごしていかないと
いけないですね。

無理もせずとも楽もせず。

そんなこと感じた運動会でした。

上司の義務、親の義務

6月になりましたね。
久々の更新です。
10連休の影響もあり、
GW明けから仕事、仕事、仕事・・・
そして、子ども会&地域行事(笑)と
予定が立て込んでいました。

そんな中、時間が取れたので
出張先でブログを書こうとしたら
まさかのパソコン故障(笑)。

姫路に帰ってから直しに行くも
修復不可のため新PC購入→データ移動、
復活したのは壊れてたら1週間後。

急ぎの仕事でてんてこまい。
今日、やっとブログが書けます。

そんな慌ただしい5月でしたが、
昔、地元でお世話になった方と
食事をする機会が1日ありました。

お会いするのは2~3年ぶり?
久々の再会に話もいろいろ弾みました。

40代半ばも過ぎると
自分の人生もですが、
会社での部下育成や家での子育てに
いろんな悩みやいろんな心配がでてきて
悩める子羊のごとく、
あーだこーだと会話は続いたのであります。

会話の中でいろいろ思うこともあり、
家に帰ってからこういったときに
よく読み返すノートを読んでました。

このノートは15年くらい前に参加した
とある研修でまとめたノート。
濃密な5日間の中に書き留めた
言葉の数々であふれています。

私にとっては宝物の一つ。

何年経っても何か思うときに
読み返すことがあります。

久々に読み返していると
ノートにこんな言葉が書いてありました。

「叱るのは上司の権利、誉めるのは上司の義務」


モヤモヤしていた曇り空な気分が
パッと晴れ渡るような感じになりました。

本当、この通りと思います。
子育てでも一緒ですよね。
「叱るのは親の権利、誉めるのは親の義務」

そういえば、私がよくいう言葉に
「馬鹿親はダメだけど、親馬鹿は親の義務」
ってのがあり、似てますよね?

担任の先生にも
「悪いことしたら遠慮なく叱ってください。
でも良いことしたら誉めてやってください。」
って家庭訪問のとき毎年言ってるな・・・

そんなこと思い出しました。

早速、その人にもメールで伝えて
おっさん2人、スッキリしたので
ぐっすり寝たのでありました(笑)。

本やノートを読み返すたびに
いつも改めて気づく自分がいます。

1回読んだら覚えとけよ!ってな話ですが、
そこまで優秀ではなさそうなので、
そんな「言葉」を持っておくことと
読み返す「機会」を設けておくことは
心がけておこうと思った森下でした。

ゲーム

さて、今日から新学期です。
進級した娘達は元気に学校へ行きました。
私も改めて頑張りたいと思います。

我が家は共働きです。
なので娘達が、
春休み等の長期休業の際は、
夫婦のどちらかが都合をつけて時間を作り、
家事や育児をすることになります。

どうしても都合があわないときは
実家にお願いしていますが、
極力、夫婦で何とかしている状況です。

炊事、洗濯、育児をしていても
もちろん仕事もあるわけで
それだけってわけにもいきません。

今でこそ夫婦で家事に取り組むような
そんな価値感の時代になってきましたが、
ついこの間まで共働きとはいえ
家のことは奥さんが90%以上されていた
そんな家が多かったわけで
本当、そんな奥さんには頭が下がる思いです。

なので、私が当番のときは
朝ご飯作って、嫁の弁当を作ってます。
(これは結婚してからずっとです(笑)。)
朝、7時から洗濯機を2~3回回してます。

スーパーに買い物も行きますし、
晩御飯づくりや洗い物して、
娘たちと洗濯物たたんだりもしています。

よく大変ですねと言われますが、
結構、楽しんでやってます。
というのも、こんな表現が
いいのかわかりませんが、
家事はゲームだと思ってやっています。

きっかけはずいぶん昔に
奥さんと話した些細な会話からでした。

奥さんは今でもかなり物知りです。
私も自分で物知りだと思っていますが、
ジャンルがサブカルや音楽、野球と
かなり偏っていて全然自慢になりません(笑)。

奥さんは歴史や絵画など
王道の物知りなので
今でもわからないことはよく聞きます。

そんな奥さんは子どもの頃、
勉強がとてもできた女の子だったようです。
本人曰く、勉強はそれなりに出来たけど
その分、運動は全くダメで
運動神経がいい子が羨ましかったみたい。
私は運動できたけど勉強は・・・。

そんな奥さんに
「どうして勉強ができたの?」って聞いたら
こんな風に答えてくれました。

「勉強はゲームみたいなものやから。
公式覚えたり、単語覚えたら
絶対に答が見つかるから。
そのぶん、仕事のほうが大変。
答すらないこともあるから本当難しい。」

そんな話でした。
聞いててめっちゃ納得しました。
そして、この考えを10代のとき知っていたら
もうちょっと勉強したかもしれません(笑)。

それからは私もいろんなことは
ゲームだと思う気持ちが大きくなり、
そう思い出したらしんどい事や
面倒くさい事が面白くなってきました。

料理に関しては私は得意料理はありません。
冷蔵庫を開けて中にあるもので
何をどうするかを組み立てて作るゲームを
していると思い出し始めました。

お弁当ならいかに野菜を入れるか
いかに彩りよく盛り付けるか
賞味期限を考慮しながら
どんな材料で作っていくのか
そんなゲームのように感じ始めました。


(しまった、1年前に切れてた・・・)

晩御飯なら
メイン、サブ、小鉢、味噌汁の品数を
どういう順番で、どういう手順で作ったら
19時30分にちょうど全品できるか
そんなパズルを埋めていくようなゲームだと
思って調理するようになりました。

洗濯もこれだけ一気に洗濯したら
どれだけちゃんとその日で干せるのか、
昨日は雨で室内干ししてる洗濯物が
かなり残っていることを踏まえたら
どれくらいしたらいいのかを
考えるゲームだと思い出したら

あら不思議、あれだけ学生時代から
イヤだった洗濯がちょっと楽しいものに
変わっていきました。

そんなこと思うようになってから
ずいぶん取り組み方や考え方が
私も変わってきたように思います。

ただ、仕事については奥さんがいうように
ゲームって言うわけもいきません。
イレギュラーなことも起きるし、
人間関係の調整やムダ足も多々起こります。

仕事こそ効率化を望みがちですが、
それが損得勘定に直結すると
長い目で見て、いい結果にはならない。
私はそんな価値感でいます。

ただ、大きな視野は忘れずにいますが、
まずは目の前の仕事から
一生懸命やっていきたいと思っています。

だから多少のイレギュラーや遠回りは
仕事ではいちいち気にせずにやることが
大事だと思っています。

でも家事では、賞味期限切れや夕立ちなどは
とてもダメージが大きいので
ゲーム感覚で乗り越えて行きたいです(笑)♪

日常は、バランス感覚が問われる
人生のゲームとも思いつつ
今日も元気に過ごしていきます。

今年も一年ありがとうございました。

本日は12月30日。
今年もあと2日で終わりですね。
年末になると毎年、何気にこの曲を聴きます。

「年の瀬’93」

しまい忘れた風鈴が
冬の中で泣いてるみたい
今年も暮れるんだ…….

短か過ぎたこの春や
悔し過ぎた夏も終ったのさ
今年も暮れるんだな…….

これ以上 やせないように
これ以上 減らないように
これ以上 しゃべり過ぎぬように…….

ジングルベルで気がついて
あの人達に手紙を書きだす
今年も暮れるんだ…….

これ以上 やせないように
これ以上 減らないように
これ以上 しゃべり過ぎぬように…….

ジングルベルで気がついて
あの人達に手紙を書きだす
今年も暮れるんだな…….

(詞:仲井戸麗市)

まぁ、私はこれ以上やせないと
いけないのですが(笑)、
手紙というか年賀状を昨晩から
書き始めた次第です。

歳をとったせいか
本当一年経つのが早いものですね。

このブログも書き始めて1年経ちました。

この年末、久しぶりにあった友人や知人から
ブログ読んでるよと数人から言ってもらい
メッチャ嬉しかった森下です(笑)。

昨年末を区切りに新しいチャレンジを始め、
なんとか1年やってこれました。
皆様、本当にありがとうございます。

昨晩、奥さんにも御礼を言いながら
日本酒を2合ほど呑んだら
21時に娘と寝てました。
おかげで今日は4時から起きてます・・・。

年の瀬の慌しい街や人混みが大好きです。
いくつになってもワクワクしますね。

ちなみに大晦日は子どもの頃から
1年で1番大好きな日です。
ちなみに大晦日は毎年同じスケジュール。

朝一から午前中は母親と亡父のお墓参り。
18歳のときに他界してから28年。
大雪や寝込んでたとき以外は行ってるので
20回以上になるのかな?

往復3時間の道のりを母親と
今年一年あったことをいろいろ話してます。

昼から家族で大掃除。
娘達と買い物行ったりして
夕方からは実家でご飯。

21時くらいには家に帰って
娘を寝かしていましたが
去年初めて娘2人が0時まで起きていました。

年越し蕎麦の存在を初めて知り、
父ちゃんと母ちゃんはこんなことしてたんだと
驚きつつ、ちょっと大人になってました(笑)。
さて、今年はどうなることやら。

なにはともあれ、
家族が健康で今年も一年無事過ごせたこと、
心から感謝しつつ
皆様にも心から御礼申し上げます。

今年一年、可愛がって頂き
ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

森下泰成

江戸時代のマーケティング

昔からマーケティングは
言い方が違うだけで存在していて、
大事なものだったんだなってわかったお話。

先日、東京に行っていた際に
電車の乗り継ぎで南千住駅に
初めて行きました。

どこに行っても事前にリサーチして
何か面白いものがあったら
10分でも時間を作って見に行きます。

今回は南千住駅から歩いて
3分くらいのところに
プロレスの神様 カールゴッチのお墓が
あると聞いて見に行こうとしたら、
駅を出たら正面に松尾芭蕉の像が・・・。

「奥の細道」のスタートは
南千住だったようです。

写真で芭蕉の向こうに見えるお寺に
ゴッチさんのお墓がありました。

でもこのお寺の墓地
そんなに大きくないのですが、
たくさんの見どころがありました。

吉田松陰のお墓や
鼠小僧のお墓、
昭和の大事件 吉展ちゃん誘拐事件の
吉展ちゃんの地蔵尊(お墓もあるようです)が
ありました。

そしてそこには
1774年杉田玄白らが作った
日本初の解剖書訳本「解体新書」を作る
きっかけとなった場所であるので
戦災を機に、解体新書の絵扉をかたどった
浮堀青銅板も展示されていました。

もう30mくらいの中で見どころ満載で
とても貴重な時間を過ごせました。

で、夜に家に帰ってから
奥さんが娘たちのために2年間買い続けた
マンガ日本史の杉田玄白を取り出し
読んでみたのですが、
もうこれがメチャメチャ面白かったです。

その中には興味深い話が載っていました。
(すみません、ここからが本題です。)

解体新書の元になった西洋医学書
ターヘル・アナトミアと
それまでの医学の常識であった
五臓六腑説はあまりにも
かけ離れていたこと、

翻訳作業がかなりの苦労で
なかなか進まなかったこと、

解体新書の翻訳者として
前野良沢は載っていないこと、

それは、2人の考え方の違いであり、
生き様の違いであったことなど
本当に興味深い話が多いのですが、

一番面白かったのは
当時、アルファベットを載せただけで
発売禁止処分になるような鎖国の時代、
杉田玄白は「解体新書」を出す前に
簡単なパンフレットを配って
幕府の様子を確認。

結果、幕府からのおとがめはなく、
パンフレットは大好評だったので
「解体新書」を出版したようです。

これって今で言うマーケティングですよね?
江戸時代にもそんな概念があったのかと
思うと、とても興味深いわけです。

そういえば、
こんな風にマーケティングの概念で
同じく、江戸時代に鰻屋さんから
「どうやったら鰻が売れるか?」と
相談された平賀源内。

「土用の丑の日に鰻を食べたら体にいい」と
今で言う宣伝コピーを出したら
平成の今でも言われるくらい
広まった話と似てたりするなとか思ってたら
杉田玄白と平賀源内は大親友だったと聞いて
スゴイな~と感心しました。

ちなみに解体新書の図版は
平賀源内の弟子が描いた話もありました。

マーケティングというと
難しい話のようにも思うのですが、
根っこはシンプルなものかもしれません。

いつの時代も素晴らしい発想があります。
いつの時代も意味のあるご縁があります。

私の人生も大なり小なり
意味があるとすれば、
それをきちんと形付けることが
人生の大きなテーマなのかもしれませんね。