「弱いつながり」を大切にする。

容易く仕入れる情報からは
大差ない情報しか手に入れられない。

でも、誰もがスルーするような情報からは
非凡なアイデアを生み出すきっかけを
つかめるかもしれない・・・。

今まで興味なかったジャンルの本を
立ち読みしていたら
知らなかった常識が書いてあった。

新聞を読んでいたら
聞いたこともない人が紹介されてて
それが趣味になったきっかけになった。

初めて訪れた街を歩いてみたら
今まで思ったこともなかったことや
新しい習慣に出逢って衝撃だった。

偶然や遠回り、無駄なことに
人生は「気づき」や「面白さ」があると
日々、思っているのですが、
これがあながち外れていないと
思う話を先日、知りました。

社会学者マーク・グラノベッターさん曰く
「人生において有益な情報は、
親しい友人や家族ではなくて、
意外にも【弱いつながり】の人から
得ている場合が多い」のだそうです。

親しい友人達とは
同じような話になりがちですが、
挨拶程度の知人と初めて話し込んだ時の方が
知らなかった情報や気づきに
確かに出逢えることが多い気がします。

ここ2年のコロナ自粛で
なんとなく話す程度の
弱いつながりの人との接触が減ったことで
孤独感が増したと言う人もいるそう。

日常も元に戻ってきつつありますが、
生活のリズムが変わり
考え方、価値感も変わってきました。

でも家に籠りっぱなしにならず、
外に出て【弱いつながり】の人との時間も
積極的に作ることは大事ですね。

※今回の記事は廣田周作さんの
「世界のマーケターは、
いま何を考えているのか?」より
一部抜粋させて頂きました。

パクったものをいかに自分のモノに仕立てて人前で出すか・・

お笑いなんて誰かに教わるようなモンじゃない。
最初から全部お笑いがわかっていて、
なんでも出来ちゃう天才なんていないもん。

笑いの神なんて言われる芸人だって、
最初は誰かのパクリ。
面白いヤツを見て、
「この人、面白いな・・・。」
「こういうのを俺もやってみたいなァ」
憧れからその人の芸や漫才をパクって真似して
自分のモノにしていくわけ。

パクったモノをいかに自分のモノに仕立てて 
人前で出すか・・・  それがお笑いよ。


漫才コンビ おぼんこぼん さんの本
「東京漫才」の読み始めに書いてあった
おぼんさんの言葉。
開始早々、胸に刺さってきました(笑)。

今までに読んだ本に書いてあったり
誰かに教えてもらった知識を
より具体的にその人の言葉で触れた時に
胸の中で大きく刺激を受けます。

これってジェームスWヤングさんが
書いた有名な本「アイデアのつくり方」に
書かれている言葉
「アイデアとは既存の要素の
新しい組み合わせ以外の何ものでもない。」
これの具体的な話に他ならないわけです。

その道を極めようと精進している人や
実際に挑戦して経験を積んでいる人、
成果を出されている人の言葉って
本当、わかりやすくて沁みてきます。

スポーツ選手であれ、実業家であれ、
芸術家であれ、歌手であれ、芸人であれ
その道を極めた人や
極めようとしている人から
滲み出てくる言葉は
本当、素晴らしい気づきを与えてくれます。

ここ数日は半身浴しながら
オール巨人さんの漫才論を読んでいますが、
次は作詞家 阿久悠さんの本を読んで
ゴツゴツと刺激を受けようと
一人で企んでいる5月の終わりです。

区切りをつけることの大切さ

歳を重ねてきたからか
世の中の流れを見てからか
最近、区切りをつけることの大切さを
しみじみ思うことがあります。

時間の流れはずっと繋がってはいますが
やっぱりところどころに節目はあります。

子どもの頃は小学校、中学校、高校・・・と
こちらから気にせずとも節目がありますが、
大人になって結婚し子どもが生まれ
家を建てたりしたら子どものこと以外は
もう節目がなくなってきます。

でも時間の流れは
区切りをつけていかないと
やりたいことも
やらないといけないことも
なんとなくなし崩し的になり
曖昧になってしまうことが多いと思うのです。

物事が達成できる人、
成果がきちんと出せる人、
要は人生楽しく生きてる人って
こういった節目をきちんと作り
いろんなことの〆切を明確しています。

「区切る」と言う言葉は
「けじめ」という風に言い換えたほうが
ニュアンスは伝わるかもしれません。

コロナなどの時代の流れもあり
特に冠婚葬祭は華やかにしなくなりました。

結婚式や披露宴はしないことも多く
葬式も家族葬でされることも増えました。

もちろん形式はどんな形でもいいと思います。

でも披露宴などしなくても
せめて2人だけでいいレストランに行ったり
近場でも新婚旅行に行ったりして
ここから結婚しますと区切りがつけられる
そんな機会は手を抜かずにやったほうが
その先の人生は覚悟が決まるように思います。

〆切を決めるということは
区切りをつけるということ。

区切りをつけると言うことは
けじめをつけるということ。

けじめをつけるということは
覚悟を決めるということ。

昔、住宅営業をしてたとき
結果的に家を買うことができた
お客さんに共通してたのは、

お金をたくさん持っていたわけでも
収入が高かったわけでも
土地を持ってたわけでもなく
「買う」と覚悟を決めた人でした。

生きていく中では
他にもいろんなことでそう思いました。

とすればやっぱり有意義な毎日を送るには
覚悟することは大事で
そのためにはまず人生に、時間の流れに、
きちんと「区切り」をつけることが
大切なんだと思うのであります。

誕生日でも記念日でも我が家は
家族でお祝いすると決めています。

それが本当によかったかどうかは
先にならないと実感することは
できないかもしれませんが
悔いは残らないだろうなとは思っています。

「MASTERS OF WAR ~戦争の親玉~」

今年のGWは3年ぶりに賑やかな感じ。
このまま元に戻ってくれたらな…。

来週にも改めて宣戦布告するといった
物騒なニュースも目にしました。
そろそろお互いの生活を尊重して
戦争もコロナも落ち着いて欲しいと
心から願っています。


約60年前に発表されたボブディランの曲
「MASTERS OF WAR  戦争の親玉」

何十年も経ち生活も環境も変わっても
人間はたいして成長もしないし
変わらないことを教えてくれます。

今の時代における本物のリーダーとは
自分の欲望から発信して導くのではなく、
周りから発信されたものを
正しい方向に導けるように
修正できる人こそを指すのかもしれませんね。

是非一度、歌詞を読んでみてください。
胸に刺さるものがあると思います。

「MASTERS OF WAR 戦争の親玉」
詞:ボブディラン

おい、戦争の親玉たち
全ての銃をつくるおまえら
死の飛行機をつくるおまえら
全ての爆弾をつくるおまえら
壁にかくれるおまえら
机の後ろにかくれるおまえら
おまえらに云いたい
おまえらの正体まる見えだよ

壊すことしかしないおまえら
おまえらはオモチャみたいに
俺の世界をもてあそぶ
俺の手に銃を握らせ
俺から隠れるが
弾丸が飛び始めたら
一目散に逃げる

ユダのように嘘つきで
戦争に勝てると信じ込ませるおまえらだが
その目ん玉も脳みそも
配水管の水のように透けて見えてるぜ

銃の引き金に手をかけさせて
他人に弾かせて後ろから見てる
死人が増えれば官邸に隠れるが
若者の血は流れて泥に埋められる
おまえらは最悪の恐怖をふりまいた
子供を産むことの恐怖
まだ産まれてない俺の赤ん坊を脅かしてる
おまえらはその静脈に流れる血にも価しない

ほんとにわかってるのか
メチャクチャなこと云ってるくせに
「お前は若い」し「バカだ」って
だけど俺にでも分かるよ
神様は絶対おまえらのことを許さないと

ひとつ質問がある
金はそんなにいいもんなのか?
それがあれば許されると思ってんのか?
そのうちわかるだろうよ
おまえらが死ぬときに有り金全部積んでも
その魂は買い戻せやしない

おまえらが先に死ねばいい
おまえらの死はもうすぐだぜ
俺はおまえらの棺桶に付いて行って
墓穴に降ろされて死ぬのを確かめる
そしておまえらの墓の上に立ち
その死をしっかり見届けてやる