「縁」とは必然な偶然を言います。

平成も今日を入れて残り3日となりました。
あっというまの30年でした。
平成になったとき私は高校生でした。
おっさんになるはずです・・・・。

昨日から10連休もスタートしました。
遊びに行く人も、ゆっくりする人も
仕事の人も様々な方がいます。
どんな形であれケガなく病気なく
穏やかな「令和」を迎えたいものです。

今年でPTA活動始めて4年目になりました。
毎年GW初日の4月最終土曜日は
総会と懇親会があります。
今年は昨日でした。

懇親会は先生方や役員さんはもちろん、
地元の自治会長さんも揃われて
結構おおがかりな会合です。
今回は司会という大役をさせてもらいました。

こういった機会は
多くの方々との出会いがありますね。
中には再会も?

今年から来られた教頭先生は
10数年前に甥っ子の担任の先生。

懇親会前に送迎バスを待ってたら
従兄弟に出会いました。

新しい役員さんが娘の保育園時代の
お友達のお母さんだったり、
聞いたお話なら今年から来られた先生が
前職時代に家を建てさせてもらった方の
お子さんだったり、
今、お世話になっている先生が
いらっしゃったりと
いろんな関係があります。

以前ではPTAの集まりで
予備校時代の友人にあったり、
当時のお客様に出会ったり、
中学校時代通ってた塾の先生が
教頭先生になられていてお逢いしたりと
本当、多くの縁があることに
ビックリします。

なにかと賛否あるPTA活動ですが、
やるからには楽しんでやりたいし、
何より我が子の学校生活がいいものに
してあげたいと思っています。
(自分がするとは全く
思っていませんでしたが・・・・(笑)。)

以前、読んだ本に
「大人になり新しい土地で
生活をしていく中では
自治会などの活動もですが、
子どものPTA活動と子ども会の活動を
通して、その地元の人間になっていける。」
といったことが書いてありました。

本当にそうだなと最近、実感しています。

そうでもないとなかなか知り合うこともなく、
こうした活動をすることで
生活しているこの場所で多くの知り合いができ
それが今の生活にとても影響を受けています。

その中にある「ご縁」を
大事にしていくことが
やがて自分の人生を大事にしていくことに
繋がるような気がします。

10数年前に
自分で勝手に作った言葉があります。

「縁とは必然な偶然を言います。
あなたさまと逢えたこと感謝します。」

「縁」を大事にして
今まで生きてきました。
令和の時代も「縁」を大事にしていきます。

どれだけ頑張っても
一人でできることなんて
たかが知れていますから、
多くの方に助けられていることに感謝して
平成の時代を個人的に終えたいと思います(笑)。

ありがとう、平成。
よろしく、令和。

プロとアマの違い

日中は、すっかり暖かくなってきました。
朝晩の温度差で
風邪を引きそうになりますが、
なんとか持ちこたえています(笑)。
季節の変わり目には体調を崩しがち、
皆様、ご自愛ください。

先日あったとあるプロ野球の試合。
試合中盤で大差があいたので
主力3選手を控え選手に
交代した采配があったようです。

中盤で試合を捨てたような采配に
「お客様に失礼」といった意見と
「戦略的に正しい」といった意見が
交わされました。

よくあるこういった展開。
意見は2つにわれますが、
皆さんはどう思われましたか?

私はこういったとき、
「お客様に失礼」といった意見は、
プロフェッショナルであり、
「戦略的に正しい」といった意見は、
アマチュアであると思っています。

これがプロ野球での話なら
「お客様に失礼」だと言わざるを得ません。
そう思うのです。

そもそもプロという言葉の意味は
「あるものごとを生計の手段として行なう人。
専門家。」です。
ちなみにアマチュアは、
「職業としてではなく、趣味として、
物事を行なう人。」という意味です。
(精通版 日本国語大辞典より)

これって興行論にもつながりますが、
報酬もなく趣味としてなら
あくまで勝ち負けにこだわるのもアリです。

しかし、プロとして報酬をもらうのなら
勝ち負けよりもきちんと儲けているのかと
いった目線は前提だと思うのです。

プロ野球の世界でよく
「優勝したから給料を上げてほしい。」とか
「3割打ったから給料上げてほしい。」とか
言う選手をよく見ますが、
それっていつもピントが外れているように
感じています。

「優勝して多くのお客様が来てくれたから
給料を上げてほしい。」
「3割打って人気が出て、自分のグッズも
たくさん売れたから給料を上げてほしい。」
といった意見なら納得できます。

なぜなら、入場料や放映料、
グッズの販売料が入るから
給料として回せる資源も生まれるわけで、
勝とうが優勝しようが
全然、お客様を呼べない選手に
支払える原資って生まれてこないわけです。

厳しい話ですけど、
それが本来のプロであるわけです。
(例えば、オリックス時代の清原選手。
選手として峠を過ぎていましたし、
成績はなかなか見込めませんでしたが、
集客力はかなりのものでした。
あの時代に5億円の価値は
なかったかもしれませんが、
あのお客様を呼べるネームバリューや
グッズ販売力には
1億円以上の価値はあったと思います。
でも、それに比例して評価が反映されることが
「野球を生計の手段として行なう人。」として
正しいのではないでしょうか?

ただ、逮捕されたことは残念です。
清原選手にはもう一度、立ち直って
復活して欲しいと願っています。)

ただ、我々の職場でもこういった話は
多くないでしょうか?

「たくさん売ったから評価して欲しい。」と
言われる営業マンは多いですけど、
本当は、たくさん利益をあげたからでないと
おかしいわけです。

「資格をとったから給料上げて欲しい。」と
言われる社員さんは多いですけど、
本当は、その資格を生かしてたくさんの結果に
貢献したからでないとおかしいわけです。

こういうと利益をあげたら
さもそれが自分一人だけの力で結果を出したと
大きな勘違いをする社員が生まれそうで
危険ですから注意は必要なのですが(笑)、

でも生計の手段として
その仕事をしているのなら
ここがズレてしまったときに
問題が起こる原因になるのではないでしょうか?

逆を言えば、きちんと利益をあげたときには
ちゃんと評価はしないといけないのも大切で、
その評価がお金にも 言葉にも 態度にも
表れなかったら辛いものがあります。

一番実績のある営業マンが管理職になって
チーム全体の実績を上げたとしても
個人的な成績が下がったら
「どうして若い奴に負けるんだ?」と
そこを責める経営者や上司って
案外、多くはないですか?

でもそれを言われたらそもそも
管理職なんてする意味もなくなって
やる気がなくなる人が多く、
実際退職される方の理由に多いので
評価する人は気をつけて欲しいですね。

話は戻ります。
プロなら長期的な展望はあるでしょうが、
負けてもお客様にその試合で
満足を与えられなかったらダメですね。
私ならせっかく観に来れた試合が
贔屓チームの捨て試合だったらガッカリ。
もう観にいくのが面倒になってしまいます。

(そんなことがあってもそれを許す
盲目的なファンが多いから、
どんなときでもチヤホヤするから
私の贔屓である某関西の球団は
全然、強くなりきれないわけです(笑)。
でも、お客様はたくさん来るから
結果、ある意味プロとしては正しいわけで、
その球団の某オーナーが
優勝争いはして欲しいけど万年2位でいい。
儲かって給料は上げなくていいからと
言ってたことあります。
なかなかコクのある意見です(笑)。)

勝ち負けにこだわるのはアマチュアで
お客様の満足にこだわるのがプロ。

となればファンサービスもプロの条件。

「俺は試合で結果さえだせば
そんなファンサービスなんていらないんだ。」
とか言っていると
「仕事さえしたら愛想なんていらない。」
なんて言って、どこかに消えていった
料理人や職人になってしまいます。

お客様を呼べること
お客様が満足することこそが
プロの評価とするならば、
自分が取り組むべきことはなんなのか?

もう一度よく考えてみないといけない
大事な自問自答になっていくわけです。


(負けても人気の下がらない選手を
しっかり評価することって
本当、大事ですよね・・・・・・。)

ゲーム

さて、今日から新学期です。
進級した娘達は元気に学校へ行きました。
私も改めて頑張りたいと思います。

我が家は共働きです。
なので娘達が、
春休み等の長期休業の際は、
夫婦のどちらかが都合をつけて時間を作り、
家事や育児をすることになります。

どうしても都合があわないときは
実家にお願いしていますが、
極力、夫婦で何とかしている状況です。

炊事、洗濯、育児をしていても
もちろん仕事もあるわけで
それだけってわけにもいきません。

今でこそ夫婦で家事に取り組むような
そんな価値感の時代になってきましたが、
ついこの間まで共働きとはいえ
家のことは奥さんが90%以上されていた
そんな家が多かったわけで
本当、そんな奥さんには頭が下がる思いです。

なので、私が当番のときは
朝ご飯作って、嫁の弁当を作ってます。
(これは結婚してからずっとです(笑)。)
朝、7時から洗濯機を2~3回回してます。

スーパーに買い物も行きますし、
晩御飯づくりや洗い物して、
娘たちと洗濯物たたんだりもしています。

よく大変ですねと言われますが、
結構、楽しんでやってます。
というのも、こんな表現が
いいのかわかりませんが、
家事はゲームだと思ってやっています。

きっかけはずいぶん昔に
奥さんと話した些細な会話からでした。

奥さんは今でもかなり物知りです。
私も自分で物知りだと思っていますが、
ジャンルがサブカルや音楽、野球と
かなり偏っていて全然自慢になりません(笑)。

奥さんは歴史や絵画など
王道の物知りなので
今でもわからないことはよく聞きます。

そんな奥さんは子どもの頃、
勉強がとてもできた女の子だったようです。
本人曰く、勉強はそれなりに出来たけど
その分、運動は全くダメで
運動神経がいい子が羨ましかったみたい。
私は運動できたけど勉強は・・・。

そんな奥さんに
「どうして勉強ができたの?」って聞いたら
こんな風に答えてくれました。

「勉強はゲームみたいなものやから。
公式覚えたり、単語覚えたら
絶対に答が見つかるから。
そのぶん、仕事のほうが大変。
答すらないこともあるから本当難しい。」

そんな話でした。
聞いててめっちゃ納得しました。
そして、この考えを10代のとき知っていたら
もうちょっと勉強したかもしれません(笑)。

それからは私もいろんなことは
ゲームだと思う気持ちが大きくなり、
そう思い出したらしんどい事や
面倒くさい事が面白くなってきました。

料理に関しては私は得意料理はありません。
冷蔵庫を開けて中にあるもので
何をどうするかを組み立てて作るゲームを
していると思い出し始めました。

お弁当ならいかに野菜を入れるか
いかに彩りよく盛り付けるか
賞味期限を考慮しながら
どんな材料で作っていくのか
そんなゲームのように感じ始めました。


(しまった、1年前に切れてた・・・)

晩御飯なら
メイン、サブ、小鉢、味噌汁の品数を
どういう順番で、どういう手順で作ったら
19時30分にちょうど全品できるか
そんなパズルを埋めていくようなゲームだと
思って調理するようになりました。

洗濯もこれだけ一気に洗濯したら
どれだけちゃんとその日で干せるのか、
昨日は雨で室内干ししてる洗濯物が
かなり残っていることを踏まえたら
どれくらいしたらいいのかを
考えるゲームだと思い出したら

あら不思議、あれだけ学生時代から
イヤだった洗濯がちょっと楽しいものに
変わっていきました。

そんなこと思うようになってから
ずいぶん取り組み方や考え方が
私も変わってきたように思います。

ただ、仕事については奥さんがいうように
ゲームって言うわけもいきません。
イレギュラーなことも起きるし、
人間関係の調整やムダ足も多々起こります。

仕事こそ効率化を望みがちですが、
それが損得勘定に直結すると
長い目で見て、いい結果にはならない。
私はそんな価値感でいます。

ただ、大きな視野は忘れずにいますが、
まずは目の前の仕事から
一生懸命やっていきたいと思っています。

だから多少のイレギュラーや遠回りは
仕事ではいちいち気にせずにやることが
大事だと思っています。

でも家事では、賞味期限切れや夕立ちなどは
とてもダメージが大きいので
ゲーム感覚で乗り越えて行きたいです(笑)♪

日常は、バランス感覚が問われる
人生のゲームとも思いつつ
今日も元気に過ごしていきます。