男が一番カッコいいのは40代。

先日、奥さんと話してて思い出したこと。

私は中学生時代、
家の隣がレンタルレコード屋さんでした。
年齢はもちろん、そういった環境もあり
音楽が生活のほとんどを占めてました。

中1の時、桑田佳祐さんが
音楽の扉を開けてくれ、
中3の時、布袋寅泰さんが
ギターのカッコよさを教えてくれ、
高2の時、ローリングストーンズを知って
音楽の素晴らしさにのめり込んでいきました。

成績優秀でなおかつ親孝行な息子だったので
高校卒業後、わざわざ1年間神戸まで
予備校に通ってたのですが(涙)、
この予備校が駅まで行く途中に
パチンコ屋やゲームセンターが無数にある
とてもいい環境にありました(笑)。

幸い、私はそこで時間をつぶせるほどの
財力がなかったのでスルーしてましたが、
神戸には地元とはマニアックさが違いすぎる
CDレンタルがあり、そこには通う毎日。

本でしか見た来ないようなアルバムが多数。
当時は日本の古い音楽にのめり込んだので
お金があればそこに行き、
たくさんの音楽を聴きこみました。
(予備校生、勉強しろ!)

70年代80年代の音源を聞く中で
RCサクセション(清志郎)や憂歌団、
サンハウスやルースターズ等のめんたい系、
ウエストロードブルースバンドなんかを
19歳にして聞き始める始末(笑)。

その中でも上田正樹さんは大好きで
ちょうどこの時、上田さんが昔やってたバンド
SOUTH TO SOUTHを再結成してて
この時の映像とCDは何百回聴いたか・・・。
ちなみにこのアルバムが、
人生で一番聴いたアルバムだったりします。

上田正樹さんのライブは
10回以上行ってるので、
一番、生で聴いてるかな?

今でも好きで聴いてるのですが、
19歳の時に知ったとき、
ストーンズしかり、上田さんしかり
みなさん年齢は40代でした。

その時、私はこう思ったのです。
「あぁ、なんて40代のおっさんって
カッコいいんだろう・・・。
男は40代が一番カッコいいな!
よし、俺もどんな人生を歩むか分からんけど
絶対カッコいい40代を過ごそう!」


(違う!こんなんではない!)

そんなこと思い、
カッコいい40代を目指してたことを
思い出しました。
もちろん、忘れてたわけではないのですが、
改めてはっきりと胸に蘇ったのです。

私は2か月後に48歳になります。

「・・・・・・・・・・・・。」
うぉぉぉ~!
40代が後2年しかないことに
今更ながら気づきました(笑)!

19歳の時、心に決めたカッコいい40代を
過ごせてきたのかと自問自答したら
胸をはって「YES」って言えないかも・・・。

なので、2年2か月しかない40代を
改めて大事にして、充実した日々になるよう
もう一度、ふんどしを締め直します。

19歳の時の自分に、
40代最後の日に出逢ったとしたら
胸を張って逢えるようにしたいです。

ちなみにこの映像が約30年前のライブ。
この時、上田正樹さん41歳くらい?
今の自分より6歳年下?
信じられないです(笑)。

19歳の時の私を魅了した歌声を
よかったら聴いてみてください。

街は情報源であり、羅針盤。

6月初旬は、
乗車率10~20%位だった新幹線も
人が増えてきて、
プロ野球も週末に開幕しました。

劇場も再開し始めてきて、
少しずつ元に戻ってきつつあります。
オンラインもいいですが、
ライブがやっぱり楽しみな森下です。

この3か月ほどは外出は最低限しかなく、
情報はテレビがネットから得る毎日でしたが、
6月になり外出が増えて
改めていろんなことを感じます。

自分の内面を見直して
整備することも大事ですが、
自分の周りの環境や条件を無視して
都合よく解釈してもあんまりよくはないな。

本やネットでたくさん情報や知識を
机の上で学んだとしても、
それを誰かに伝えたり
実際、実践してみないと
結局は大事なピントは外れていたり、
一人よがりの正論で終わってたりするな。

自分から改めて言葉で発信したり、
誰かに話して反応を感じることで
いろんなことを確認したりと、
やっぱりリアルとバーチャルの良し悪しは
冷静に認めていきたいなって思いました。

先日、久しぶりにドラッカー関連の本を
新幹線の中で読み直していたら
イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊さんのお話が
紹介されてました。

「売上が落ちた時は街に出て、
そこに行き交う人を見る。
その人たちがどんなものに興味を示すか、
どんなものを手にとって見るか観察する。
街は情報源であり、羅針盤だ。」

シンプルなこの感覚って本当に
大切にしないといけない考えだなと思いました。

世の中には様々な考え方があります。
それは様々な答えもあるということ。

しかし、多くの人が
自分の都合のいい答えだけを
全ての正解だと言い切ってきます。

健康が大事とか
世界は平和がいいに決まってるとか
当たり前のことはその通りですが、
日々の生活や趣味、ビジネスは
年齢によって、
時代によって、
地域によって結構違いはあります。

「それはその地域が遅れているから、
良さが分かっていないんだ。」と
ややディスるように言う人もいますが、
地域によっては、
食べ物の味付けに代表されるように
いろんな価値観や嗜好があるわけです。

なのに、それを頭ごなしに否定するのは
本当に暴力だと思うわけです。

実際、いろんな地域に行って感じるのは
本当、地域性というか
その場所によって考え方や感じ方は様々。

とすれば、いかにしてその地域を歩き、
いろんなものを感じて、
その上で自分がこうだと思う考えを
どれだけその地域の人に伝わりやすい商品に
どれだけその地域の人に伝わりやすい言葉に
形を変えられるかが大事ですよね。

私は海外旅行でも国内旅行でも
一番楽しい瞬間は、
その地域を実際に散歩がてら歩いて
その地域のスーパーマーケットで
買い物することだったりします。

何が流行っているのか
何が陳列されているのか
見て触って本当に楽しいです。
(香港にいったときにスーパーに行き、
陳列されていた「うどん」を
姫路の会社が作っているの見て
嬉しくなり思わず買ってしまいました。
何故に香港で うどんを買う・・・・(笑)。)

スーパーに何が陳列されている?
本屋にはどんな本が平積みされている?
食べ物屋は何を一番、名物にしている?

そんなことを楽しみながら
いろんな街を歩いてみる。
なんてことないことだけど、
それだけで楽しめる。

いろんなことを見て
いろんなことを聞いて
いろんなものを触って
いろんなところに行ってみる。

まだコロナとは
まだ共存しあうような日々ですが、
こんなことをまた経験して、
また楽しんでいけるように
生活も少しづつ元に戻っていくことを
期待しています。

旅行にも気軽にまた行けるような
毎日に早く戻りますように・・・。

人生の成功者

前回、記事にした「無条件肯定」の
お話の続きみたいな内容です。

「人生の成功者ってどんな人なんだろう?」

何をもって人生の成功者というかは
人それぞれではありますが、
一般的には、お金持ちが人生の成功者と
思われてる人が多いように感じています。

人と話してても、ネット見ても
FBでもその傾向が強いですよね?

もちろん、お金は人生において大事。

忌野清志郎が歌ってるように
悲しいかな人生とは
「金が欲しくて働いて、眠るだけ」と
思うときも多々ありますが(苦笑)、
人を騙したり、傷つけたりしないでなら
お金儲けに否定も罪悪感もありません。

健全なお金持ちには憧れすらあります。

個人的には、人生の悩みの9割は
お金で解決できるとも思っています。
(でも、その解決できない1割に
多くの人が苦しんでるのも事実ですが。)

なので、お金持ちになられたことは
凄いと思いますし、尊敬もしているのも事実。

でも、お金持ちになったからだけで
「人生の成功者か?」と聞かれたら
「はい。」とも答えきれないです。

「衣食足りて礼節を知る。」
その通りと思います。

とは言え、自分自身も
食べていくのに精一杯ではなく、
年に一度は旅行も行きたいし、
少しは贅沢できるくらいのお金は欲しい。

でも、その域まで来れたら
後は、お金というより
自分のためにと同じくらい
誰かのために何かできる人生が
もしかしたら納得のいくものに
なるのではないか?と思います。

そもそも成功かどうかなんて
他人が決めるものではなく、
自分が決めるものなんで
何を言ってるんだ?と思われる人も
いらっしゃるでしょう。

私もそう思っていましたが、
稲盛和夫さんが
「幸せと成功は違う。
幸せは自分で思うこと、
成功は他者からの評価。
他人から評価されることが成功することなら
成功することは社会に貢献していること。」
といったような話をされているのを聞いて
考え方が変わりました。

お金儲けして、多くの納税をされているなら
それも社会貢献です。
でもそんな人ばかりでもないのなら
一概にお金持ちになったからと言っても
成功者とも言えないですから。

社会貢献といった大きなくくりで
考えるのも素晴らしいですが、
そこまでの器でない一般人は
まずは身近な誰かを幸せにできる人生を
歩もうとすることが大事ではないでしょうか?

最後にある父と息子のお話のyoutubeを
貼り付けておきます。
確かこのお父さんは仕事も辞めて
息子さんとの時間に専念したはずです。

でも、この映像を見たら涙が止まらなくなり、
なんとも考えさせられました。

このお父さんこそ人生の成功者であり、
この息子さんこそ無条件肯定された人生です。

お父さんが誰かのためにというか
自分のことより息子さんにできることをする
最大限の愛情を見て
私自身の幸せと成功も考えさせられました。

こんな凄いお父さんにもなれませんし、
偉そうにいうほど、
誰かのために何かをしてる人生でもないですが、
大切な誰かに何ができるだろうと自問自答して
今日も一生懸命頑張ります!

無条件肯定

まだ梅雨入り前だというのに夏のような暑さ。

外を少し歩くだけで汗ばみ、
なんなら日焼けもしたりします。
もうちょっと過ごしやすい気候が
続いて欲しいと思う今日この頃です。

世界中に定められた
どんな記念日なんかより
あなたが生きている今日は
どんなに素晴らしいだろう
世界中に立てられてる
どんな記念碑なんかより
あなたが生きている今日は
どんなに意味があるだろう
『Train-Train』詞:真島昌利

ブルーハーツを好きになったのが中3の時。
33年経った今でもたまに聴きたくなります。
15歳の時聴いて素敵だと思った曲を
50歳前に聴いてもいい曲だと思えること。
本当に凄いなと感心します。

子どもの頃に良かったものは
大人になったらつまらないものになりがち。
いつの時代に接しても感動できるものを
作れるのは非凡としか言いようがない。
(これは「こち亀」とかに言えるな・・・。)

そんなブルーハーツの代表曲の歌詞の一部。
これって大人になればなるほど
腹に落ちると言うか、沁みてきます。

人間、誰しも否定されるより、
肯定して欲しいと思って生きています。

でも、生きてたら
肯定されるときも
否定されるときも
無条件より条件付でされるほうが
多かったりします。

テストで100点取ったから誉められる。
契約などの結果を残したから認められる。

もちろん、そういった部分も
厳しい話、仕事や責任においては
時にはなければいけないのかもしれません。

でも、存在や人格においては、
無条件で肯定されなければいけないわけで、
そうでないとなかなか
自分でYESって言えませんし、
自分で自分を認められません。

心が病むときは、
自己否定から始まっていることも
多いのではないでしょうか?

いじめや無視が無条件の否定であるのなら
それは、何をしても認められないこと。
イジメられた方は心が折れてしまいます。

仮に、誰にでも無条件の肯定が
できなかったとしても
目の前の大切な人には言葉にして
伝えてあげるべきです。

「産まれてきてくれてありがとう。」
「傍にいてくれてありがとう。」
「毎日、生きてくれてありがとう。」

親が子どもにしてあげることは、
欲しいものを買ってあげることや
綺麗な服を着させてやること、
豪華なご飯を食べさせてやることが
一番なのではありません。

本当に一番大事なことは、
産まれてきてくれたことに
毎日、感謝してあげて
無条件に愛してあげること以外
ないのではないでしょうか?

(この絵本、最高にいい絵本です。
読んだら涙が出ます・・・・。)

仲がいいことと
慣れあうことは違います。
可愛がることと
甘やかすことは違います。

愛することも
条件付きと無条件では全然、意味が違います。

ブルーハーツの曲は
そんな無条件肯定に溢れた曲が多いから
歳を重ねて、おっさんになってから聴いても
まだ汚れなき(笑)青春時代に聴いても
胸に沁みるのでしょうね。

たぶん、文章が岡山弁なんで
ヒロト氏の発言と思いますが(笑)、
高校生のとき読んだ「ドブネズミの詩」の言葉

「幸せを手にいれるんじゃない。
幸せを感じることのできる心を
手に入れるんじゃ。」

これも未だに胸の中にペタッと
貼りついている言葉です。
いい言葉、言うよな・・・。

漁師は漁に出られない時は網を繕う。

コロナ緊急事態宣言も解除となり、
週開けの6月1日から多くのお店が
再開するようですね。よかった。
このまま街の活気も戻ってほしいです。

この2か月間は身動きも出来ず
停滞したような時期でした。

英気を養う機会にされた人もいたでしょうし、
新しいことにチャレンジする準備の人も
多くいたのではないでしょうか?

身動きできずに
立ち止まったままの人も多くいましたが、
このピンチをチャンスとばかりに
精力的に動いていた人も多く存在していて
人それぞれ、物は取りようだなと思いました。

私はここぞとばかりに
ただひたすら読書をしてました。
読書と言うか勉強ですね。

改めて昔からいろいろ言い続かれている
理論や考え方が書かれた本を読み、
ノートにまとめ、一人でアウトプットして、
それをまたノートにまとめるといった
受験生ばりの日々(笑)。

30年前にこれくらい勉強していたら
あの当時の「関関同立」は無理でも
「産近甲龍」は行けてたのではないか?と
思わせる「摂神追桃」ランクの私です(笑)。
(関西エリアの40代のみ笑ってください♪)

自分自身改めていろんなことが
インプットできて貴重な機会となりました。
6月から心機一転、再スタート頑張ります。

そんな折、先日インターネットで
編み物作家の三國万里子さんのお話を見かけ
なるほどな~と感心したのでご紹介します。

コロナ自粛の2か月間こそ、まさに
「漁師は漁に出られない時は網を繕う」
この時期だったのではないでしょうか?

もちろん、今まで追いつめられるかの如く
がむしゃらに働き続けてた人にとっては
心身共に休息の機会であったのなら
それもいい機会だったと思います。

ただ私にとっては
「刃を研ぐ」時間になったので
振り返れば、何よりありがたい時期でした。

昔、読んで心に残った本も読み返しました。
昔、あまりにピンとこなかった内容も
今となれば腑に落ちた本も読み直せました。

何より、新しい本もいっぱい読めて
いろんなことが頭の中で整理できて
本当によかったです。
(この2か月間、本屋さんには
3回ほど行きました。すみません・・・・。)

自粛期間も奥さんは普通に仕事でしたので
炊事、洗濯、掃除はほぼ私が担当。
小学生の娘達の勉強みたり、
なんだかんだとお世話もしました。
家事は9時までに全て終わらせて
仕事と勉強する、そんな毎日でした。

(今なら子育て世代で共働きの奥様の
悩みや不満、ご要望などに共感しつつ
家づくりにおいても一層、
的確なアドバイスできるかと思います(笑)。)

来春には中学生になる長女。
年頃になり、反抗期も迎えるでしょうから、
これからは父と娘であるが故、
距離も日増しに開いてくるでしょう。

大きくなったのだから仕方ないですが、
父親としてちょっと寂しい気もします。

でも、そんな娘と最後?かもしれない
ベッタリとする機会だったのなら、
最高の想い出づくりだったと同時に、
いろんなことを学んだり、
改めて考え直すチャンスだったわけで、
私にとっても、三國さんのように
これからの自分を作るときだったんだと
感謝するのでありました。

正論だからと言って 誰かを傷つけていいわけではない。

『人の生き方なんて百万通り
それ以上限りなくあるさ
だから世の中と自分を
比べたりしなくてもいいのだろう

やめろよ!
へらへらにたつきながら誰かや何かを
そんなに傷つけたり からかったり
苦しめたりするのは もうやめろよ

僕等の生きていく姿が どんな形であろうと
生きる歓び 誰もが高らかに唄えるのだろう』

~R&R TONIGHT~
作詞:仲井戸CHABO麗市

SNSで誹謗中傷され続けていた
女子プロレスラーが自殺されたニュースを
ネットで見ました。

事実が一体、何なのか
どういった経緯だったのかは
私にはわかりませんが、
ネットにより多くの人から傷つけられて
自分で人生を終わらせたようです。

彼女のSNSに寄せられた声が
仮にその声が正論だったとしても
誰かを傷つけていいわけではありません。

日常でもいつもこう思います。

社長だから社員よりも偉いのかもしれません。

大人だから子どもより正しいことを
言っているのかもしれません。

権力者だから一般人よりお金も力も
持っているから立派なのかもしれません。

でも、だからと言って
人を傷つけていいわけではないのです。

知識が豊富だからといって
経験が豊かだからといって
立ち位置が上だからといって
人に偉そうな物言いで
言っていいわけではないのです。

自分は正しいから言っていい
自分は正義だから言っていい
だからと言って
人に暴言吐いていいわけではないのです。

どんな相手にでも意見を言うのなら
その人が本当に正しい意見であればあるほど
その人の立ち位置が上の人であればあるほど
敬意を持って、言葉を選んで、
叱るなり、諭すなりしてほしいです。

世の中は我々が若かった頃に比べても
DVといった言葉ができ、
パワハラやセクハラといった概念もできて
弱い立場の人を守れる時代に
なろうとしているのに、
SNSやネットの世界では、
まだまだ規制がされていません。

仮に、その意見が正論だからと言っても
誰かを傷つけていいわけなんか
あるわけないのです。

ましてや匿名なんて本当、卑怯。
発言には責任が伴うものです。

冒頭で書いたCHABOさんの歌詞。
生きる歓びは、誰にでも
高らかに唄えるものでなければいけません。
(私は披露宴のキャンドルサービスに
ありがちなラブソングを流さずに
この曲を流しました(苦笑)。
こういった人生を奥さんと
歩みたいと思ったので。)

CHABOさんは他にも
「悲惨な争い」という曲では、

君の自由はそこにある
私の自由はここに
互いの自由を犯さぬことを約束として

と唄われています。

勘違いした強者が
誰を安易に傷つけるような
そんなくだらない世界になりませんように・・・
そんな嫌なことはなくなりますように…

子を持つ親の一人として心から願います。