商売繁盛の神様

今日は、商売の神様のお話を…。

東北地方と言うか仙台市には
商売繁盛のご利益があるとされる
「仙台四郎」なる神様がいるそうです。

実在した人物のようで、
今でも仙台ではある種、キャラクター化されて
「四郎自身が選んで訪れる店は繁盛する」と
いろんなお店で祀られているようです。

先日、夕食を食べに行った飲食店で見かけ、
仙台四郎のことを知っている知人に
そのことを教えてもらいました。

ちなみにこの仙台四郎さん、
私とかなり似ていて、笑ってしまいます。
奥さんにも娘にも言って写真みせたら
「似てる。」と笑われました。


(仙台四郎さんです)

若い頃ならそう嬉しくもないですが(笑)、
いい歳になってくると
商売繁盛の神様に似てるというのは
悪い気はしませんね。
むしろ、商売している身としては
ありがたい話と思います。

実際の話。
奥さんによく言われるのですが
旅先や外食で、私と一緒に行った飲食店は、
空いているからと入店した店も
食べ終わって帰るときには
お客さんでいっぱいになっていることが
多々あるようです。

仙台四郎さんのエピソードを話した時も
「一緒やん。」と言われました。

実はこの話、高校時代から
自分自身も思っていました。
なぜか私の行った店ってお客さんが
後からたくさん入ってくること多いのです。

そんな背景があり、
商売繁盛の神様で、
なおかつ見た目が似ている・・・。
他人とは思えませんでした(笑)。

子どもの頃から友人にも恵まれ
社会人になってからも
本当にたくさんの目上の方やお客さんに
可愛がってもらう毎日です。

何より、ステキな奥さんもいて
可愛い娘も2人いるのですから
人生ヨシ!としないと怒られます。

そんなこともあり、これから
「姫路四郎」と名乗るか思案してます♪

若い頃は、
「もっと背が高く生まれたかった。」
「もっと男前に生まれたかった。」
と思いましたが、
「周りに人が溢れている」ことの方が
全然、ラッキーですね。
(そう思えるには時間がかかりましたが(笑))

これからも商売繁盛のサポートができるよう
仕事に家族、友人関係に頑張ります!!

「志を得ざれば再び此地を踏まず」

朝晩涼しくなって過ごしやすくなりました。
このまま秋になっていくのでしょうか?
暑い夏はイヤですが、
夏が終わるっていうのも寂しいですね。

先日、野口英世さんのことを
深く知る機会がありました。

医術開業試験受験の為、19歳で
上京するときに生家の床柱に
医師になる決意を刻みました。

「志を得ざれば再び此地を踏まず」

医師にならない限り、故郷には帰ってこない。

19歳でそこまでの覚悟と決意を持ったこと。
驚くとともに感心してしまいました。

このような偉人と自分を比べること自体、
おかしいのかもしれませんが、
私のような50歳前の凡人でも
まだ覚悟を決めて決意する機会があるでしょう。

その時には私も決断できる勇気は
持っていたいと思った夏の終わりです。

追伸

野口英世さんは19歳で上京、
21歳で医師資格を取り、24歳で渡米。
39歳の時、2か月だけ帰国するも
そのまま日本に帰ることなく、
51歳の時、黄熱病で亡くなられました。

36歳の時にお母さんからの手紙が
届くのですが、この手紙読んだら
涙がこぼれてきました。

何回も「はやくきてくたされ」と
書いてあります。

「早く帰ってきて。」
「いつ帰れるか教えて。」
我が子を待つ母親の気持ちが
全体から滲み出ています。

若い頃なら息子目線で読んで
そんな風に思うのかなと感じたでしょうが、
今は、お母さん側の目線になりますから
読んでて同じような気持ちになりました。

「親孝行したいとき親はなし。」
親孝行できてるかと自問自答して
何もできてないように思いました。

来週は敬老の日。
時間作って家族で、
母親に会いにいきたいと思います。

子どもは絵本をたくさん読んだ方がいい

9月になってから朝晩は、
少し暑さも和らいできました。
ちなみに今年は「8月の平均温度」が
過去最高の暑さだったようです。
コロナにも注意ですが、
まだまだ暑さにも注意ですね。

今回は児童文学者であり、
翻訳者でもある渡辺茂男さんの言葉をご紹介。

「実在しない生き物が
子どもの心に椅子を作り、
それらが去った後に実在する大切な人を
座らせることができる。」

いかに子どもにとって、
ドラえもんやアンマンパンに夢中になることが
意味があり、素晴らしい事なのか…

子どもたちが大人になったとき。

大好きな誰かに出逢えたときに
その大好きな相手を大切にするためにも
心の椅子が1つでも心の中に持ててるように
大人は手伝ってあげないといけないですね。

今のような簡単に情報を手に入れられる時代、
実在しない生き物と触れ合うのは
手段は何でもいいと言われる人も多いでしょう。

ただ、ネットやDVDは便利ですけど
簡単に情報がたくさん入ってくる分、
深く考える行為は少ないように思います。

やっぱり、絵本や本を読んだ方がいいかな?

実在しない生き物だからこそ
想像力を膨らまさないと
心に椅子が作れませんし、
誰かが椅子を与えてくれないと
心の中に置けなくても困ります。

人生の答えは自分で作り出すもので
他人が与えてくれるものではありまえん。
それをお金で買おうとしても
ヒントは買えても答えは買えませんから。

映画やドラマ、アニメも面白いですが、
登場人物の心理状態や本音は
小説や漫画ほどわかりにくいもの。

行間に滲み出てくるト書きが
絵本や本にはあって、
それこそが頭の中で絵が描ける
最大のヒントなわけですから
デジタルが全て正解でなく、
アナログの素晴らしさも
活かしていきたいですね。

大きくなってきた今、
youtube見たりしてる娘達ですが、
それこそ10歳くらいまでは
夫婦の方針で、絵本と本を読ませてました。

デジタルを有意義には活用したほうが
いいのはこのご時勢、分かってます。
なので、成長に応じて触れさせてます。

流行りもあるでしょう。
便利もあるでしょう。
でも、デジタルでは得られないものも
あると思っているので、
アナログな読書も大事にしてほしいです。

テスト勉強、特に暗記は
鉛筆で紙に書いてナンボといった
昭和テイストな方針も含めて・・。

ちなみに私が読んだ小説を
長女はその後、すぐ読破して
父ちゃん以上に理解してました(笑)。
スゲー!

どうやら読書も楽しんでるようです。

こうやって、心に椅子を一つでも多く持って
我が人生を謳歌して欲しいものです。

「人はやらなかったことを最も後悔する。」

前回、97歳で亡くなられた
内海桂子師匠のお話を書かせてもらいました。

人生の先輩として、高齢の方の経験した話を
色々聞いたり、読んだりするのもいいなと
思っていた先週末に突然、
奥さんのおじいちゃんが亡くなりました。

内海桂子師匠より1年長生きの享年98歳。
大往生の人生でした。
前日まで元気だったようで、
長く苦しむこともなく旅立たれたことは
よかったかなと思います。

コロナの影響でお通夜は奥さんのみ参加。
告別式は私も参加したのですが、
こういった機会は自分自身の人生のことを
色々考えさせられます。

1回しかない人生ということを言い訳に
好き勝手に生きたい気もしますが、
他人様に嫌われて知らん顔されたり、
子どもに迷惑かけていい訳もありません。

失敗しても仕方ないですが、
ただチャレンジだけはしていって、
悔いなく生きたいとは改めて思いました。

「人はやらなかったことを最も後悔する。」

うまくいかなかったとしても、
結果、私たちは失敗を正当化して語れますが、
何もチャレンジしなかったことについては
正当化ができません。

要は、何も試みなかったら
うまくいかなかったことの言い訳すらする
根拠がないわけです。

また、一説には
人は10代の時に手にできなかったものを
生涯、執着する傾向があるそうです。

それが学歴なのか、友情なのか、
恋愛なのかは人それぞれですが、
自分自身や周りの人をに見ても
あながち外れてないかもしれません。

後、人間は歳を重ねていくと
良いことだけ都合よく覚えていて、
悪いことは忘れていくようですから、
失敗ばかり一杯しても
いろんなことに挑戦したほうが、
歳をとったときに幸福感が増して、
孫に武勇伝が語れるそうです(笑)。

お金をたくさん儲けないと
世間で言う「成功者」にはなれませんが、
失敗ばかりしても挑戦し続けたら
「幸せな人生」だったと思えるのなら
悔いなく生きるためにも
何か新しく興味を持ったことに
チャレンジしていきます!

最後に私の大好きな
ネイティブアメリカンの教えをご紹介。

「あなたが生まれてきたとき、
周りの人は笑って、
あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、
あなたが笑って、
周りの人が泣くような人生をおくりなさい。」

こんな人生がおくれるように精進します・・・。

『言葉で絵を描きなさい』

コロナ騒動がなければ
今頃はいつも通り夏休みの終わり。
若かりし頃の森下少年は
夏休みの宿題に追われていた頃(笑)。

計画性をもって生きる大切さを
いまだ身に着けることなく
無駄に歳だけ重ねてきています・・・。

今月22日に女性漫才師の内海桂子さんが
亡くなられていたニュースを昨日見ました。
機会あれば生で観てかった芸人さんです。

浅草の寄席に何度か行ったこともありますが、
なかなか出演されたときには行けなくて
ついに叶わぬ夢となりました。

弟子のナイツ塙さんが、
師匠の内海桂子さんは日頃から
「言葉で絵を描きなさい。」と言われてたと
コメントされていましたが、
なかなか奥深い言葉だなと思いました。

話の上手な人、言葉選びが上手な人って
言葉を聞いただけで、
頭の中に映像が広がるイメージがあります。

(歌詞でもそうですよね。
例えば、RCサクセション忌野清志郎さんが
書いた名曲スローバラード。

「昨日はクルマの中で寝た
あの娘と手をつないで」
と歌った後に唐突に続く
「市営グランドの駐車場」って歌詞。

初めてちゃんと歌詞カード見ながら聴いた時、
急に頭の中に映像が広がった気がしました。

その時に「やっぱりキヨシローは、
ステキで上手な歌詞を書くな~。」と
生意気に上から目線で
思ったこと思い出しました。
あれは俺、18。
路地裏の少年の頃(笑)。)

例えば、話の下手の人が
「嫌いな人」といったテーマで話したとき。

「嫌いな人ってどんな人?」って
唐突に聞き始めてもおそらく
個々で頭に描く嫌いな人の像は様々。
ということは会話も抽象的で
なかなか噛み合わなかったりします。

でも、話が上手な人なら
「例えば、苦手なタイプって色々あります。
時間を守れない人が苦手という人もいれば
お金にルーズな人が苦手、
他には陰口を言う人が苦手な人もいます。

そんな中でも私は、
嘘をつく人が苦手なんですが、
みなさんはどんな人が苦手?
もっと直球で言ったら嫌いですか(笑)?」って
話される感じがします。

そもそも「嫌い」って言うような
ネガティブな表現も
「苦手」っていう少しソフトな表現に
変えたほうが人は言いやすくなりますし、

各々が描くイメージを具体的にしていきながら
会話を始めていったら
みんな頭の中にいろんな具体的な絵が浮かんで
会話も弾んでいくように思います。

ちなみに頭で、
絵を描いてもらいやすくするには
抽象的なことを具体的にすることが大事。

なかでも「比喩表現」が一番やりやすい
具体的な方法だと10代の終わりに
島田紳助氏のトーク番組を見て
私は、こっそり気づいたわけです(笑)。

例えば、落語や講談の世界でも
名人と言われる人ほど
頭の中に映像が浮かぶ感じがします。

講談師 神田伯山さんが言われてましたが
「落語が会話形式で伝え
講談はナレーションで伝える。」
これも技術の一つなわけです。

例えば、寒さを伝えたいなら
落語なら
「源さん、雪が降ってきたね。」と言いつつ、
寒そうに会話する様子で伝えていきますが、
講談なら
「時は元禄〇年、雪が深々と降る夜に・・・。」
こんなナレーションで伝えていく。

方法はどっちでも相手に「寒さ」を
絵で伝えきれることがOKなわけで、
日常の会話形式がジャンル問わない
フリースタイル(笑)の我々は
自分に合った方法を参考にすればいいのです。

内海桂子さんが言われた
「言葉で絵を描きなさい。」
相手にちゃんと真意を伝えるためには
覚えておきたい大事なこと。
心にとめておきたいと思います。

追伸

売れない営業マンほど
抽象的な質問しかできなかったり
するように思います。

「私たちは いい家を建てています。
あなたにとっての いい家って何ですか?」

全然、頭の中に絵が描けないですよね?
各々、具体的に思うイメージは違うわけで。

売れてる営業マンは、
商品そのものが極端によいケースでなければ
たぶんこんな質問はされていないと思います。
(なによりも売れてる営業マンは
もっと自分にとって都合いい方へ導きますし、
自分の強みに共感させる力技も持ってます。
それは何か詳細が知りたい人は
また個別で聞いてください(笑)。)

ぶっちゃけ、モノさえよかったら
営業マンもそれほどスキルなくても
売れたりするものですが、
普通は最低限のセールストークの準備や
ロープレでの練習がないといけないわけです。

そんな中で相手に選んで頂くためにも
相手の頭の中で
「絵を描けるような言葉がけ」もできないと
いつも競合で負ける理由は
「価格差」や「会社の規模」になりがちな
言い訳営業マンなってしまいます。

自分ができることを整理して
戦う準備をすることに逃げず、
まずは「言葉で絵が描ける」練習を
営業マンは、やってみるのもいいですね。

偶然の産物

暑い日が続きます。
私が子どもの頃は、ひと夏で
30℃超える日はあっても2~3日くらい?
ここ最近は35℃とか当たり前。

コロナもですが熱中症にも
みなさん気をつけてくださいね。

さて、コロナもまだまだ先が見えません。
先日、始発の新幹線に乗ったのですが
結局、東京までに
同車両に乗った人数は私入れて6人!

飲食店の人に聞いても
タクシーの運転手さんに聞いても
まだまだ厳しい状況です。

とは言っても何か手を打ちたいわけで・・・。

業種によってはオンラインで
新しい取り組みにしてコロナ以前より
うまくやられている方もいます。

諦めずに何か考えて、
みんなが上手く行ける方法がないかな?
そんなこと思ったりする今日この頃・・・。

今まででも当初の目論見ではなく
予想外の展開を見せて
成功されたお話なんかを聞くと
まだまだ何かできる可能性はありそうです。

現にコロナ騒動で
今までなら夏に売れてた日焼け止めや
制汗剤などは売れ行きが伸びないのに対して
入浴剤や食品保存袋なんかは
予想以上の売れ行きのようです。

マスクやうがい薬、トイレットペーパーや
ティッシュペーパーも予想外の
品不足になったりしましたね。

例えば、ゲームのテトリスは
当初、教育用のソフトウェアとして
開発されたようです。

サランラップは食品用ではなく
戦場での銃弾、火薬を湿気から守るため開発、
シュレッダーばさみも
最初は刻み海苔を作るためだったようです。

今はビジネスでも遊びでも活用される
youtubeも最初は出会い系サイトとして生まれ、
Googleは図書館の蔵書検索サービスがきっかけ。
バイアグラも当初は
咽頭役の薬として生まれたのに、
興味深い副作用から今の用途として
使われるようになったのだそうです(笑)。

「偶然の産物」と言えばいいのかな?

今の厳しい時代の中では
今まで通りのやり方だけでは厳しく、
少なくともこの1~2年は
乗り越えられないかもしれません。

となると何か新しいチャレンジが必要です。

絶対成功する方法は何かはわかりませんが、
新しいチャレンジしていかない限り、
上記のような偶然の産物にも巡り合えません。

基本、人生は自己責任ですが、
こんな時代の中では
何かを分かち合おうと協力しあうことも
大切なことですよね?

偶然の産物ですら
出逢えるのは何かにチャレンジしないと
出逢えないのなら
その場に立ち止まって愚痴る前に
何かやってみようと思える熱意が
新しい扉を開ける鍵だと思うわけです。

みなさん、お互い頑張っていきましょう!

HAPPY

ここ数日、暑い日が続きます。
お盆休みに入られた方も多いかと思います。
コロナも心配ですが、
熱中症にも気をつけてくださいね。

さて、お盆になりました。
私事で恐縮しますが、
明日8月14日で48歳になります。
自分の年齢に自分自身が
一番驚いてたりしますが(笑)、
4回目の年男を迎えます。

例えば、20歳の頃の自分と比べて
何が成長したのかすら分からず、
何一つ変わっていない
未熟なおっさんとしか思えないのですが、
世間から見たら年齢だけは不惑の初老(笑)。
なんせ織田信長なら死ぬ1年前の年齢です♪

47歳になって しばらくした頃、
悔いのない人生を送れるようにと
自分が思うがまま
他人の目を気にせず生きていこうかとか
思った時もありました。

ただ、真面目に
生きてきた人ほど多い傾向らしいですが、
我慢し続けた人生の反動で
もういい歳まで耐えてきたのだから
これからは他人のことなど顧みず、
自分の好き勝手生きていくと思った人が
世の中で言う「老害」と言われる年寄りに
なっているのだと聞き、思案。

そんな考えに急ブレーキを踏んで、
ステキで可愛いジジイになるためにも
節度ある人生を送ろうとした次第(笑)。

自分勝手で意見を押し付けてくる
感情的なジジィは面倒くさくて最悪と
急ブレーキを踏んだ方針には
家族も賛成してくれてます♪

さて、私が17歳の時に来日してから
30年間、アイドルなのが、
ローリング・ストーンズのギタリスト
キース・リチャーズ氏。
初来日したのは48歳になってすぐの頃。

私もあの時のキースと同じ歳になります。

17歳の私から見て48歳のキースは
ずいぶん大人で、遠い年齢の人でしたが
自分もそんな歳になるのかと思ったら
なんかいろんなこと考えてしまいますね。

とは言っても健康には気をつけて
地に足をつけた我が子に胸が張れる人生を
歩むことができたら本望です。

最後に1990年2月初来日した時に
キースが歌った曲
「HAPPY」を貼り付けておきます。
一時期、私のテーマ曲でした(笑)。
(まだこんなに老けてないと思うのですが)

48歳の一年間が
HAPPYな一年でありますように・・・。

正しいことをいうときは・・・・

本を読んでいても
詩を読んでいても
曲を聴いていても
映画を観ていても
時に胸をグッとつかまれるような言葉に
出逢うことがあります。

例えば、大学生の頃に
桑田佳祐さんの曲を聴いてて
「粋で優しい馬鹿でいろ」って言葉に
初めて触れた時、衝撃を受けた感じ。

例えば、30歳くらいの頃に
茨木のり子さんの詩
「自分の感受性くらい」を読んで、
カッコ悪い自分にハッて気づいたとき。

例えば、37歳で次女を授かった時、
様々なリスクを考えて産むか産まないか
奥さんと悩んでた時に、
産婦人科の先生に
「産まれてこようとするお子さんのこと
信じてやってもらえないですか?」って
言われたあの瞬間。

生きてたら本当、胸を鷲掴みされるような
出会いがしらに ぶつかるような
そんな言葉に出逢えることがあります。

先日、吉野弘さんの詩を読んで
ハッと気づかされる言葉に出逢いました。

「祝婚歌」
吉野さんが姪夫婦に贈った詩。
これから一緒に暮らしていく2人に
こうあったほうがいいと語っていく内容。

その中にこんな言葉がありました。

「正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい」

なんか胸の中でモヤモヤしてたことが
なんかスッキリしました。

時として人は、正論であればあるほど
高圧的に上から目線で語りがちです。

自分は正しい。
自分が正義なのだから
間違ってる相手は傷ついて構わない。

そんな考えで
誰かに攻撃され傷ついたことも
誰かを攻撃して傷つけたことも
思いあたることはあるはずです。

正しいことを言うときに
相手を傷つけるものだと気づいていたら
もっと言葉を選んで
もっと建設的な話ができたよなと
詩を読んだ瞬間にいっぱい頭をよぎりました。

パワハラもモラハラも
根っこはこんなことかもしれません。

正しいことであればあるほど
言い方を間違えたら相手には
一生、伝わらなくなってしまうことも
たくさんあるのではないでしょうか?

本当はそんな結末なんて
誰も望んでいるわけではないのに、
本当はそのことが正しいことを
お互いが分かっているはずなのに、
言い方を間違えただけで
言った方は相手を馬鹿にして、
言われた方は相手を恨んで、
ただ後味が悪いだけ。

親子や夫婦、親しい友人あればあるほど
取返しのつかなくなるときって
もしかしたら内容がどうではなく
言い方がまずかっただけなことが
いっぱいあるように思います。

「それを言っちゃおしまいよ。」でなく
「そんな言い方したらおしまいよ。」
って感じかな(苦笑)。

言い方はどうでもいいんだ。
正しいことは正しいと
受け入れられないといけないんだと
言ってくる人はいるでしょう。

それも正しい考えなのかもしれませんが
それで相手に伝わらなかったときに
相手が悪いと責めるのなら
正しいこと言ってたとしても
その人は嫌われても仕方ないですよね。

なのに、なんで嫌うんだ?と言われても
それはいかがなものか?と思います。
どっちやねん!っていうほうがいいかな。

祝婚歌の最後はこんな言葉で終わります。
夫婦間であれ、友人間であれ
こんな関係でいれるように
相手に敬意をもって生きたいですね。

そんなことを思わされる
素敵な詩との出逢いでした。
いい機会でした。

「健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい

そしてなぜ胸が熱くなるのか
黙っていてもふたりには
わかるのであってほしい」

伊達政宗の「五常訓」

梅雨明けしました。
しばらくは暑い毎日が続きそうです。
コロナも心配ですが、
熱中症や日射病にも気をつけていきましょう。

伊達政宗の「五常訓」ってご存じですか?

これがなかなかうまくまとまった文で
戦国時代を生きぬくことはもちろん、
我々の日々の生活の中でも
ハッとするヒントになりますね。

いろいろありますが、
要は、何事もバランスが大事と
いったことを教えてくれます。

「伊達政宗五常訓」

仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂(へつらい)となる。
知に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする。

気ながく心穏やかにして、
よろずに倹約を用い金を備うべし。
倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり、
この世に客に来たと思えば何の苦労もなし。

朝夕の食事は、うまからずとも誉めて食うべし。
元来、客の身なれば好き嫌いは申されまい。
今日の行くを送り、
子孫兄弟によく挨拶して、
娑婆の御暇申するがよし。

【意訳】
相手を優しくしすぎたら
自分が弱くなってしまう。
正しいことばかりに囚われては
融通がきかず柔軟な対応ができない。
礼儀正し過ぎたら、嫌味となり逆に失礼。
知識が増え賢くなると嘘つきになる。
他人を信じすぎたら損をしてしまう。

気を楽にして心を穏やかにして、
多少の不自由があっても倹約を心がける。
この世にお客さんとしてきていると思えば、
不足に思うこともないでしょう。

朝食や夕食がおいしくなくても
おいしい言って食べるように。
元々、お客さんであれば
好き嫌いを言える立場でもないですし。

そうやって生きていき、
いつかあの世へ旅立つときには
家族や子供に「ありがとう」と
ちゃんと挨拶をして旅立てばいい。

まずはなんでも「おいしい」って
言いながら食べることにしようっと・・。

「運」がいい人

なかなか梅雨明けしませんね…。
当初の予定では、
明日はオリンピックの開会式でした。
来年どうなることやら。

何よりコロナが落ち着いて少しずつ
元の生活に戻っていて欲しいです。
夏場のマスクは本当、辛いです(苦笑)。

「マンダラチャート」ってご存じですか?

やることが明確になる
目標達成シートでかなり有名なもの。
やられたことがある方も
いらっしゃるかもしれません。

先日、マンダラチャートの話になった時に
メジャーで活躍する大谷翔平選手が
花巻東高校1年生の時に書いた
マンダラチャートの話になったときに
以前、私が感心した話をしました。


(無料テンプレートより)

大谷選手は高校1年のときに
成し遂げたい一番大きな目標を
「8球団ドラフト1位」と掲げていました。

結果、日ハム1位でプロ入り、
メジャーで活躍していて
ある意味、有言実行なのですが、
それを達成するための要素の一項目に
とても感心したのです。

プロ野球選手になるためには
「体づくり」や「コントロール」「キレ」
「160km/h」「変化球」と掲げていきます。
もちろんその通りですし、
誰しも納得のいく項目でしょう。

そして読んでいくと
そんな技術的な面だけでなく、
「メンタル」や「人間性」と並び
「運」と掲げているのが目が留まりました。

世の中の成功者のほとんどが
自分が成功した理由の一つに
「運」と言われているので
そうかもしれません。
でも、まだまだ高校球児の時点で
そう思えていることにまず驚きました。

そして、次は各項目を得るための
具体的な行動目標を書いていくのですが、

「運」の行動目標に
「あいさつ」とか
「ゴミ拾い」とか
「審判さんへの態度」とか
書いてある事に本当に驚いたのです。

その通りだと思います。
でも、大人になっても全然そんなことを
そう思えない人が多いのに
高校1年の時点で思えていたことに
本当に感心しました。

才能や努力があった上であったとしても
こんな考えで取り組んできたから
今、大成しているんだなと
心から納得できました。

「そんなことしても関係ない。」
「それは自分の仕事ではない。」
そんな自分勝手なことを言う人って
本当たくさんいます。

あいさつなんかしても
自分の得には一切ならないって
思っている人も多いと思います。

ゴミ拾いなんて自分がしなくてもいい、
誰かがやればいいって
思っている人も多いと思います。

でも、そんなことをきちんとやることが
自分の運につながっているって
高校1年生で思えていたこと、
それをこうして言葉にしていること。

そりゃ二刀流も成功するはずです(笑)。

「自分がやらなくても責任はない。」
「誰かがやらないといけないけど
誰がやってもいい共通の仕事は
自分がしたら損だからしない。」
そんな人は今までいっぱい見てきましたが、
そんな人って「運」はないように思います。

こんなチームメイトがいて
ずっとこの調子でいられたら
本当、先が見えないチームにしかならない。

こんな人間が我が物顔でいたら

①本当にいてほしい人間が辞めていく。
②本人もどこかで嫌われて辞めていく。
③もし最後まで居続けれても
自分がそんな前例を作っているから
結局、その後に続く人間も
そんな人間しか残らない。

といった3つのいずれかとなり、
どの道、先の見えない結果にしかなりません。

テクニックはコーチが教えたらいいですが、
監督は人間論や生き方を教えてあげるような
そんな人でなければいけません。

できれば抽象的でなく、より具体的に。

みんなが協力しあえるチームを作るために
前職の社長時代、部下達に
家では、親として娘達に
具体的な行動指標として

「用を足したときに
トイレットペーパーが無くなったら変えろ!
その時、芯は置いて出るのでなく、
ちゃんとゴミ箱に捨てろ!」
と言い続けてきました。

何回言っても出来ない人の方が多いので
おそらく「しょうもないこと言ってる」と
思われていたのでしょうが、
これができてない人は
自分勝手でチームワークがダメな人が
多かったように思います。

密室でのことなので誰ができて
誰ができていないかわかりません。
ただ、立証できないグレーなことに
人間の本質が出ます。

そんな人にはおそらく周りの人から
「運」を与えられるチャンスは
与えられないとすれば、
やっぱり「運」がないと言えるでしょうね。

大谷選手ほどの
大きなスケールの人生ではないですが、
自分の人生をよりよきものにするために
「運」に大切にしていきます。

そして「運」が与えてもらえるように
まずは具体的な行動の一つとして
「トイレットペーパーの交換」を
ちゃんとできる環境にしてます。

別にトイレの話だから
「ウン」の話でもないのですが・・・・

お後がよろしいようで(笑)。