「共感力」

来年2021年で社会人になり四半世紀。
時間の速さに一人で驚いています(笑)。

1996年3月末に瀬戸内海に浮かぶ島にある
研修センターで始まった私の社会人生活ですが
この25年で働き方もいろいろ変わりました。

当時ハウスメーカーに就職したのですが
夜なんて全然帰れません。
日曜日は帰る時間がだいたい午前2時(笑)。
21時や22時に帰れる日なんて帰って
何をしようかとワクワクしたものです。
(はよ帰れ!ってツッコミ)

例えばこの時代の働き方の根底は
終身雇用制、先行序列制でした。
そんな考え方も年々薄れていき、
今は育児休業制度も充実し、
フレックスタイム等の勤務時間の選択、
女性や外国人の積極的な採用、
パワハラやセクハラなんて言葉も生まれ
働き方の考え方が大きく変わりました。

こういった時代の流れには賛成。
少しづつでも、よりよく働ける時代に
なっていく流れはいいですね。

そもそもこれまでの生活用品や暮らし方の
よりよいものを作ろうとしても
そのヒントや答えは、
日常の家事や付き合いなどを
メインでやってきた女性の意見や
仕事以外でご近所や保育園の先生、PTAなどの
人間関係も付き合ってきたパパママの方が
実際、持っていると思います。

しかし、そんな商品を作るのは
リサーチはしてデータがあるとしても
実際使ったこともなければ
経験もしていない先生方や年配の男性が
作っていくことにはどうも無理がありませんか?

日頃、家事なんて親や家政婦任せでやらず
身なりは小綺麗にしている女性や
毎日、家事をし続けたことも
同時進行で限られた時間に家事したこともない
男性が暮らし方の何かを考えたとしても
申し訳ないですがピントは外れています。

要はそういった人のアドバイスのほとんどが
「やりやすくなったんだから文句言うな」
みたいなニュアンスでしかなく、
「やることの大変さや日々の頑張りへの労い」
がないことが大半です。
それでは根本的に何ひとつとして
満足度は上がらなく、変わらないわけです。

だから、これからの時代は
女性をもっと採用、登用して意見を聞くことも
大事といったことなのでしょうが、
登用したからOKではないですよね?

働き方などを改革することは
今までのやり方を変えることも大事ですが
一番大事なのは受け入れる男性側の考え方、
経営者や上司になる男性側の考え方です。

自分達とはやり方、考え方が違うことを理解し、
新しい考え方を受けとめる度量が無い限り
新しい人材が力を充分に活かすことは
できないように思います。

要は、相手の意見を聞くフリはするけど
採用せずに自分の意見を通すだけで
何も変わらない、何も発揮できない
やっててしんどいだけのことにしかなりません。

売りたい相手と同じような気持ち、感覚になって
何かを作らない限りは、相手が喜んで
選んでくれることは厳しいですから。

人は、感覚的に物を買い、
その購買を納得(正当化)するために
理屈(言い訳)を用いるのだそうです。

物を買う時は、好き嫌いといった感情で
人は判断するのなら売る方にとって
共感力は不可欠なもの。

共感とは相手を理解して成り立つものならば
1回経験したらいいのではなく、
誰かにいろいろ話をきいたらいいのでもなく、
繰り返し自分もそのことを体感し続けて
初めて相手に寄り添えるアドバイスが
できるものだと思うのです。

これからの働き方におけるポイントは
これから働いていく若者ではなく、
受け入れる会社、上司側が大きいです。

お客様に新しい商品開発するのも
新規採用して人材を育てていくのも
受け入れる側の共感力が最も大きいのでは?と
私自身、仮説を立ててこれからいろいろと
検証していきたいと思っています。

もし、違ってたらすぐ方針は変えますが(笑)。

雨ニモマケズ・・・

誰もが知る詩なので、
改めて紹介するのも何ですが、
宮沢賢治さんの「雨ニモマケズ」は
今でも年に何度か読む機会を作り、
読むほどにいろんなことを思います。

分かりやすく読みやすく書くと
以下のような形になります。

「雨にも負けず」  宮沢賢治

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだを持ち
欲は無く
決して瞋からず
何時も静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆる事を自分を勘定に入れずに
良く見聞きし判り
そして忘れず
野原の松の林の影の
小さな萱葺きの小屋に居て
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を背負い
南に死にそうな人あれば
行って怖がらなくても良いと言い
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い
日照りのときは涙を流し
寒さの夏はオロオロ歩き
皆にデクノボーと呼ばれ
誉められもせず
苦にもされず
そういう者に
私はなりたい

やりたいことを我慢して
謙虚に生きることがいいことだとか
奉仕の精神がいいことだと
誰かに押し付ける気もありませんが、

成功するとか
金持ちになるとかと言うよりかは
やりたいこと、やらなければいけないことに
チャレンジはちゃんとしてきた人生を送り、

挑戦したことで悔いを残さず
最後は納得して穏やかに過ごせる人生に
年々、憧れている自分がいますね。

とは言え、欲深く煩悩にまみれた
まだまだ修行中の身ですが(苦笑)、
この理想と現実のギャップを知る気づきとして
この詩は今でも繰り返し触れる機会の一つ。

詩でも 曲でも 映画でも 本でも
いつでも自分を再認識できるものに
出逢いたいと心がけています。

本日は11月15日、
子どもにとっての節目の日である七五三。
そんな日だからか、こんなことを思いました。

時代は繰り返される

今回は、笑ってしまったお話を一席。

年齢が50歳に近づいてきました今。
昔の友人達と久々に出逢って呑んでいると
どうしても「近頃の若い者は・・・」的な会話に
なりことが増えてきました。

若い頃、上司に言われたらムカついてたのに
その世代になったら同じことを言ってることに
妙に恥ずかしくなったりします(苦笑)。

自分達も若い頃は未熟で自分勝手だったくせに
そんなことは棚に上げて
「俺たちはそうじゃなかった。」と
思い出を都合よく塗り替えてるのでしょうね。

ピラミッドの壁画に刻まれた文だったかな?
随分昔に読んだ本に
古代の文字を解析したら
「近頃の若い者は・・・」といった文があった話を
読んだことがありました。

「いつの時代も一緒なんだな・・・。」と
他人事(笑)のように知ってはいましたが、
似たような話が他にもあり、知って笑いました。

1986年の新聞にこんな記事が掲載。
現在、50代になって若者に愚痴っている
「新人類世代」のおじさん達が
新入社員だった頃、当時の上司たちから
こんなことを言われてたそうです。

「残業を命じれば断るし、
週休2日制は断固守ろうとする。
だから、仕事は金曜日の夕方までに我々上司が
手を貸して片づけさせるしかないんです。」

「社費留学で海外にやると、帰国した途端に
会社を辞めてしまうので、期間を短くしたり
帰国後にノルマを課したりしています。」

「・・・・・・・・・・。」
要は、いつの時代も
若者は似たようなものですね(笑)。

300年前、江戸時代中期の書物で
「武士道と云うは、死ぬ事と見つけたり」で
有名な「葉隠」にもこんな記述が・・・

「昨今の若者(武士)は、すべてにわたって
消極的で、思い切ったことをしない。」

「最近の男は、口先の達者さだけで
物事を処理し、骨の折れそうなことは避けて
通るようになってしまった。」

いつの時代も変わらないこの有り様(笑)。
さすがに声を出して笑ってしまいました。

歳取ったら男は下の者に
偉そうに言いたいのでしょう(笑)。

でも、こうやって見てみたら、
たまたま若くして
成功するようなケースを除いて・・・
才能があるとかないではなく、
歳を重ねていく中で、
成功や失敗など経験をいくつも経て
自分を正当化して言い訳したり、
逃げたりしなければ、
みんな若者に嘆きながらも
実績や成果、要は責任を全うしている
そんな素敵なおっさんになれるのも事実。

どんな時代でも
若者を育てる先輩はいたはずですから、
懐広く受け入れて教育、指導ができる
そんな50代になりたいですねと思った話。

でも、今、文句言いながらも苦悩して
チャレンジしている若者諸君!
時代は繰り返されるのなら30年後、
今、嫌っている上司と同じになりますから
自分だけは違うと我々と同じように
都合よく棚に上げず、頑張っていきましょう!

お互い、一度しかない人生を満喫するために。

我々おじさん世代も
一足先に反省しておきます(笑)。

(一部、東洋経済の記事から
文章は抜粋させて頂きました。)

自分の業務が属人化していないか?

気づけば、11月に入りました。
今年も後2か月で終わりですね。
最近は1年が若い頃の半年位に感じます。
今年は、やり残したことはないかな?と
なんとなく忙しくなる季節です。

先日、「属人化」の話を
株式会社武蔵野 小山社長の本で知って、
妙に腑に落ちたお話をします。

組織において「属人化」は不正を起こします。
※「属人化」とは、 企業などにおいて、
ある業務を特定の人が担当し、その人にしか
やり方分からない状態になること。
(実用日本語表現辞典より)

組織間で仕事が上手く進まなくなるときに
あの人しかできない業務が存在し始めて
ブラックボックス化することが多々起きます。

だからこそマニュアル化して
誰でもできるように整備することが
組織として大事なことなのですが、
目先の成果にならない業務なせいもあり
後回しになることが多い業務です。

(また、業務をわかりやすく明確にして
誰もが取り組みやすいものにする人こそ
評価して欲しいのですが、
そうでないのが事実です。

自分が有利な立場で居続けれるように
自分しか分からなくして誰も踏みこませず
隠蔽する人を見逃し続けて、結果その人を
チヤホヤして評価すると言った
頼りないボスが多くいるのも否めません。

また、こういったボスのほとんどは
社員たちに興味がなく、人任せな人なので
ボスがこれが大事なんだと腹をくくらないと
うまくはできないのが前提。)

小山社長は
「不正は組織のよどみの中から発生します。
ひとりの社員に長く同じ仕事をさせるのは、
組織によどみをつくることに等しい。」と言い、
人事異動を繰り返すほど、
人は定着すると言われてます。

他には、こんなことが書かれてました。

同じ部署に長くいると
「自分は仕事ができる」と錯覚する。

職場に派閥ができるのは人事移動がないから。

上司が嫌いでも課長は3年で移動するので
辞めないで我慢できる。

普通の会社は人事異動は仕事が
できない人を動かすが、小山社長は
仕事ができるNO-1の人を移動させる。
なので、人事異動の回数を評価している。
拒否したり、人事異動が少ない人は
評価を下げられているそうです。

読んでて「なるほどな~。」と感心しました。

前職の社長時代の時は、
辞めていく社員たちとは
最後にいろんな話をしていました。

上司、先輩や他の社員には
給料が安いからとか、待遇が低いからとか
もっとストレートに
「社長にはついていけないから」とか
言われていたのでしょうね(苦笑)。

ただ、私と話をする中では
新しい何かに挑戦したいとか言うも
人間関係の苦悩、
あの上司が、あの先輩が嫌だからと
いった話が多かったことも事実。

小山社長も著書で
「条件に納得して入社したのに会社を辞めるのは
人間関係の不満を解決できないから」と
書かれています。
だからコミュニケーション不足はダメだとも。

給料もどうしたら上がるのか?ルールが明確。
先が見えないことも不安だからいけない。
改めてその通りなことばかり書かれていて
なんとも腑に落ちていくのでありました。

と言っても経営者として、
きちんと前提を明確にされていることも納得。

多くの経営者は、
「能力のある人を採用すれば会社はよくなる」
と考えられますが、組織にとって大事なのは
社員の能力ではなく、価値観をそろえること。
言われて素直に実行できる人を評価するのも
本当にその通りです。

今は採用が厳しい時代。
新しい戦力でどうにかしようと思っても
アテにはできない時代です。
となれば、今いるみんなでどうやって行くのか?

「一人当たりの生産力をあげること」
「人材流出を防ぐこと」
小山社長のお話は、まさにこれからの時代に
改めて大切になるお話と思った次第。

まずは私自身は属人化して、
ブラックボックス化していないものはないか?
そのことから自分の足元を、そして周りを
見直していきたいと思います。

成長するチームに必要なのはお手本。

以前にも根本陸夫さんのお話は
書いたことがありますが、
改めて書きたくなったので記事にします。

組織には、見本と言うか
お手本になる人が絶対必要という話。

根本さんはプロ野球界で裏業師と呼ばれた人。
広島、西武、ダイエーで監督やGMを務め、
弱小球団を勝てる組織まで育てて譲り、
黄金時代の土台を作ってきた人。

導入期と言った最初の組織づくりに長けてて
そのチームマネージメント論に感動して
私は大学時代の卒論で書いたほど
かれこれ30年間位、尊敬してる人です。

負け犬根性が染みついたチームを変えるには
勝ち方を知っていて、華も影響力もある
精神的支柱になるリーダーが必要と
血の入れ替えを率先してされました。

西武時代は阪神から田淵選手を
ダイエー時代は西武から秋山選手を獲り、
土台作りを完成させたのです。

ダイエー時代の秋山選手の獲得には
かなりの出費となりました。
これからがピークを迎える
野手と投手の中心選手を出してまで
なぜ峠をこえかけた秋山選手を獲得したのか?

目先のことで考えたら
こんな入れ替えしなくても
少しは勝てたでしょうが、
数年先に優勝できるかと言えば
おそらく無理だったと思います。

何故なら誰も勝ち方を知らないどころか
勝つ喜びすら知らないのですから。

優勝することがどれだけ嬉しいか?
目標達成することがどれだけ意味があるのか?
味わったことのない人間には
どうしていいのかわからないものです。

ちなみに「甲子園出場常連校は
なぜメンツが変わっても出場し続けるのか?」
に意味合いは似ていますね。

今まで一度も甲子園に出場したことない学校は
そもそもどれくらい練習したらいけるかなんて
正確な目安を想像すらできないです。

でも、常連校になると
「甲子園に出場した先輩たちは
毎日10km走っていた。」とか
「素振りを500回してた。」とか
具体的な数値で目安が代々伝わっていきます。
これが伝統になり、みんなの行動の目標に
なっていくのですから、これは強いです。

大きな目標にたどり着くまでの
具体的な行動や練習の小さな目標が分かってて、
それをひたすら練習するのですから
みんな理にかなった根拠ある練習になり
やっぱり目標には限りなく近づくでしょう。

勝つ喜びの前にこうやったら勝てるんだと
そのやり方を知っていないと
なかなか成果はでないものですから。

ダイエーに来た秋山選手は実績も
華も優勝経験も多数あるスター選手。

「成績を残している選手は
普段どんな練習をしているのだろう?
練習態度や取り組む姿勢、みんなとの接し方。
手本となるべくして見せることを心がけた」
と言われていたのを聞いて、
長期的視野で目標達成するのなら
やっぱり核になるお手本になる人は
必要なんだと思うわけです。

併せて言うのなら
いくら今、実績があっても
チームの輪を乱したり、ルールを守らない人は
長期的にみたら邪魔なので
どこかで見切る勇気と準備はトップは必要。

とは言え、解雇することが
難しくなってきた現在では
そもそも最初にそんな人をとらないといった
採用基準が大事になってくるとも思います。

秋山選手以降も根本さんは
西武黄金時代の勝つ喜びと勝ち方を知った
石毛選手や工藤選手を獲得していきます。

そして、その空気感が変わってきてから
数年後のダイエー黄金期の主力選手になる
小久保選手、城島選手、斉藤選手、井口選手、
松中選手、柴原選手、篠原選手等を
5年間のドラフトで一気に獲得して、
赤へル旋風広島カープや
90年代西武ライオンズ黄金期と同様の
素晴らしきチームを作ったのです。

若い選手達は秋山選手や工藤選手の姿を
ずっと見ていたと秋山選手が言ってました。

この押し引きというか
タイミングと言うか本当に絶妙で
根本さんの真骨頂である「人集め」が
大きく花開いたわけです。
やっぱり凄い人ですね。
改めて、感心し大好きになりました。

あんな大きな組織と自分たちの会社を
比べること自体、無理があると考える人も
いらっしゃるでしょうが、
どの組織も利益を上げ存続していくことは
共通の経営テーマとするのなら
「お手本」は誰なのか?
勝つ味を知っていて教えてくれるのは誰?
勝ち方を具体的に知っているのは誰?

それが社長でも外部の人間でもいいのですが
そんなコーチ役が必要なのは
どんな組織も一緒なのだと思います。

組織で甘やかされたり、えこひいきされる人は
優秀だからでなく、特別扱いしないと拗ねて
面倒くさい人がほとんどです(苦笑)。

でも、本当は手本になる人こそ
特別扱いされるべきです。
でも手本となる人は、
えこひいきされることを
組織としていい事とは思わない訳ですから、
やっぱりお手本なわけですね(笑)。

トップはそんな人をきちんと誉めてますか?
お金もですけど言葉で認めてあげないと
別の場所の手本になってしまいますよ。

「あいつはそんなフォローしなくても
分かっていてくれるよ。」と言ってて
去って行った人はいっぱい見ました。

短期的視野で問題児を特別扱いせずに
長期的視野でお手本の人をいい意味で
特別扱いすることは、
黄金時代を作り続けた根本さんの根っこ。

やっぱり見習わないといけないニュアンスが
いっぱいある人です。
今晩、久々に根本さんの本を読み直します!

思い込みからの脱皮

朝は冷え込んできました。
コロナの予防もですが、風邪の予防にも
気をつけないといけない季節。

今まで通り手洗いやうがい、マスク着用を
しっかり注意していきましょう。

料理研究家の土井善晴さんってご存じですか?
テレビ番組にもよく出られているので
見たことある人は多いのではないでしょうか?

土井さんが勧めらている「一汁一菜」の考え。
世の中にもっと広まればいいのにと思います。

古くから日本は和食の献立として
「一汁三菜」を良しとしてきました。
ご飯があり、汁物があり、要はおかずが三品。
ここまで出来たらいいとは思いますが、
毎日となるとなかなか大変で負担も大きい。

ましてや今は働いている奥さんも多いので
プレッシャーになっている方もいるのなら
ご飯は一汁一菜、昔の生活で言うのなら
「ご飯、みそ汁、漬物」でOK
それより具沢山の味噌汁さえあればそれで充分。
2品でも一汁一菜になるといった考え。

家にいるときは私もご飯を作っているので、
この考えは本当、大賛成だったりします。
っていうか栄養面も味も満足いくし、
そもそも同じ理屈の鍋料理なら
1品でもいいのなら おかしな話です。

ただ、古くからご飯の献立は
そういうものだったという思い込みが
視野を狭くし、決めつけているだけで
そんな思い込みから脱皮することこそ
今の時代に合ってないですか?
働き方改革も思い込みからの脱皮です。

そもそも、うまくいかないことや
変化できないことは、
その理由のほとんどが「思い込み」

例えば、成果の出ない営業マン。
いつまでたっても成果の出ないやり方に
執着しすぎて変われないことが多々あります。

同じやり方であれば結果は変わらないのは
当たり前だと思うのですが、
他人のことならよくわかっても
自分のことはよくわからないわけです。

結果の出ない営業マンの最も多い思い込みは
ほとんどの人が自分は違うと認めませんが、
「お客さんのいいなりになることが誠意。」と
いうことだったりするのです。

本当の誠意は、
そのお客さんにとっては耳の痛い話でも
その人のためであるのなら正直に伝えること。

でも、そんな態度は失礼だと決めつけ、
先で問題になることに気づいていても
それをクリアにしないといけなくても
安請け合いして結果迷わせていることが多い。

それはなかなか相手には
受け入れてもらえない話です。

「こうでなければいけない。」といった
思い込みを疑ってみて、
他人事のように眺めてみたときに
課題を執着せずに捨てることができたら
未来が変わるのではないでしょうか?

ちなみに結果が出ないことに気づく
一番簡単な方法は、
自分がなりたい人や成果出ている人の
マネをすることです。

成果が出ていない時に
成果の出ている人のマネをしたら
自分の思い込みのほとんどが
間違いと気づけるでしょう。
偉そうに言いつつも私がそうでした(笑)。

成果が出ていない時に
やっていなかったことは
成果が出ている時には
やってることばかりでした。

成果がでていない時に
大事にやっていたことは
成果が出ている時には
やっていないことばかりでした。

思い込みからの脱皮こそ
生まれ変わりたいときのスタートです。

一汁三菜という思い込みから
一汁一菜でいいと考えになったときに
料理も一層楽しいものになりそうです。

そもそも味噌汁といっても
出汁だけでもカツオにするか
イリコにするかあごだしにするかで変わり、
具材なんてバリエーションにキリがないです。

ちなみに私は豚汁があれば
酒も呑めるし、飯も食えます。
朝でも昼でも晩でもOK!

売れていない営業マンも一緒。
成果の出ない理由の思い込み、
言い換えれば、間違った正義感を
間違いと認めて受け入れた時に
なりたかった自分に近づけると思います。

例えば、高額商品ほど
知識と公式と経験こそあればといいと
思われている人もいますが、
そもそもそれを購入する相手がいてこその話。

そのお客様はどんな生き様の人で
こんな人から買いたいなと思っている
その人物像に自分がなれているのかが
分からないとやっぱり売れないわけです。

このニュアンスは結局、
営業し続けて痛い目にあった人でないと
なかなか伝わらない話。
そんな人が成長する手助けをやっていくのが
私の仕事であるように日々精進します。

ハンコ廃止の流れで思うこと

朝晩すっかり冷え込んできてました。
油断したら風邪ひきそうです。
みなさん気をつけてください。

先日からテレビや新聞で
「ハンコ廃止」のニュースをよく見かけます。
今日の新聞には婚姻届や離婚届の押印も
廃止の検討をしている記事がありました。

確かにどこででも買える三文判でも
押印したら効果があるということも
なんか重みのない話ですし、
確認が取れても押印がないと書類が
回らないといった話もおかしな話です。

ハンコがなくなるのは
ハンコ作成や販売で生計を立てている人が
多くいらっしゃるので
今日明日で無くすというのも厳しい話。

なんらかのサポートはいるでしょうし、
仮に2000円の売り上げをあげるのは
今までのような必要なものとして
100円のハンコを20個販売したのを
これからは文化や趣味として
オシャレな印鑑を1つ2000円で売るような
シフトチェンジで生き残る準備も必要。

段階を経ていったとしても
押印をなくしてオンライン化することは
いいことだとは思っています。

ただ、作業としての廃止はいいですが
押印そのものに含まれていた意味を
なし崩しで無くすのは危険な気がします。

例えば、上司の押印。
これはきちんと報告し了承をとることの
確認する形として押印がありました。

押印する事で上司の責任確認もありますし、
社員が勝手な判断をしないための予防策でも
あったわけです。

例えば、押印がなくなったからといって
無責任に何らかのコトが進んでいき、
引き返せなくなった状況で
上司がフォローしなければならないのでは
そもそも押印を無くしたことの弊害が
でることも増えてくるかもしれません。

例えば、契約書押印や婚姻届押印も
ハンコを押すという作業が入ることで
冷静に考えるゆとりができたり
改めて決意を再確認する機会に
なっていたと思うのですが、
そういうこともなくなると
お互いにいろんな変更が
増えてきそうな気もしています。

海洋汚染問題の対策として
コンビニなどのレジ袋が有料化されました。

各自がエコバッグを利用したり
袋を使用せず持ち帰ることで
使用を減らしていくことになったのは
とてもいい事だと思います。

反面、レジ袋がなくなったことで
支払いの有無が分からず万引きが増えたり、
買い物カゴごと持って帰る
カゴの万引きが増える問題が起きています。

そもそも昔、
店名入りのレジ袋を使用しだしたのは
持ち逃げしていないかわかるように
万引き防止だったのが理由。

それなのに対策なくレジ袋を廃止したら
以前の問題が元通りになっただけの話。
ハンコ廃止でも同じような問題が
起こらないといいなと思うわけです。

手間を省くことはいいですが、
それで効率が上がるとか
新たな問題が起こらないとは言いきれません。

ただ効率化を急ぐことは
どこかで弊害が起きます。
やってみないとわからないから
やってみてから考えたらいいというスタンス。

大賛成ですが、ちゃんと問題が起きた時に
考え直す機会と時間は先で
責任を持って作って欲しいですね。

「効率化」を進めると
一部の人の業務は減りますが、
一部の人にしわ寄せがいくことが多いです。

昔、私の周りは効率化をすることで
一部の上の人が早く帰れるようになったり
業務が楽になったけど、
その下の人が逆に帰れなくなったり
業務が増えて混乱することがよくありました。

それをまた話し合って改善しようとしても
いったん楽になった人は
ほとんどの人が元に戻すことや
自分にしわ寄せがいくことを認めないので
当初描いていた形になることなく
ただ組織がまとまらなくなっただけでした。

なので、作業の簡略化は推進して
意味はお互いが共有し、
誰かのためでなくみんなのために
改善も繰り返すと最初に宣言して、
やっていく姿勢は大事にしてほしいと
新聞読んでて思った次第です。

「縁」とは偶然な必然

昔、野狐禅っていう2人組の
ミュージシャンがいました。
解散後も竹原ピストルさんはソロで
活躍中のためご存じの方も多いかと思います。

数多く発表された楽曲の中に
「ならば、友よ」という曲があります。
この曲を先日、聴き直して
いろいろと思う事があったので
今回書いてみることにしました。

この曲は、
「夢」という言葉は、あきらめた人が
「青春」という言葉は、立ち止まった人が
発明した言葉だから
友と「夢」や「青春」を語り合うのは
死ぬ間際でいいやといった内容の
なんとも熱い曲であります。

私自身、当時の背景もあり
とても心に残った曲なのですが、
その中でずっとひっかかっていた
歌詞の箇所がありました。
そこはこんな歌詞でした。

【結局、上手いこと寝つけないまま迎えた
朝っぱらの朝っぱら
半ばイヤがらせチックに、オマエに
メールなんぞを送ってみれば
バッチリ返事が返ってきやがったもんだから
思わず吹き出しつつも、ちょっくらオマエに
本音を語ってみようかと思った】

言わんとしていることはわかります。

このような理屈じゃないきっかけで
友人と関係性が深まったことも私もあります。

たまたまタイミングがあったこと自体が
もう縁があったことなわけで、
うまくいく関係性ってそもそもこんなものだと
理解して受け止める自分もいました。

ただこれを理屈で説明しようにも
ニュアンスもあり難しい。
なかなかうまく説明できない事だったのですが
その理由をを立証してくれるような話を
知る機会がありました。

それは幸福研究をされていた
心理学者 セリグマン教授が
あなたが80歳になったときに
元気で幸せかどうかを予測する魔法の質問を
紹介してくれているもの。
それはこんな質問でした。

「あなたに朝の4時に電話をして、安心して
悩みを打ち明けられる相手はいるだろうか?」

この答えがイエスならノーと言う人より
長生きできる可能性が高いのだそうです。

ちなみにこの事実を発見した
ハーバード大学の精神科医バイヤン氏は
愛される力が大事で、人間関係こそが
幸福と長生きの鍵と言われてます。

この話を照らして考えてみたら
朝っぱらにいきなりメールを送った相手が
返事がくれたことは、偶然とはいえ
本音を語れる相手だと思ったとしても
納得してしまう話だと思うわけです。

昔、私はお客様と出逢った時や
研修でたまたま隣の席になって話した方に
「縁」とは偶然な必然を言います。
 あなたさまと逢えたこと感謝します。
とハガキに書いて送っていました。

偶然の出会いを、たまたまと取るか
縁と思って素晴らしき機会と思おうかで
人生大きく変わるように思います。

物は取りようで大きく人生が変わるのなら
自分が体験するすべてのことは
意味があることだと思って生きたほうが
楽しい気がするのは私だけでしょうか?

幼馴染や高校や予備校、大学時代の友人
社会人になったときの同期達も
すべての付き合いの中に
今でもつきあいのある友人がいます。

彼らと1年に1回づつでいいから
酒を呑みつつ、語り合える機会を
作ることが人生の肥料ならば、
歳をとったことや時間があいたことを
出来ない言い訳にする前に
まずは逢えることを大事にしていきたいです。

桜の花を見ることを言い訳にして
酒を呑む花見客のように(笑)
昔の友人とも会える心のゆとりは
いつまでも持っていたいですね。

商売繁盛の神様

今日は、商売の神様のお話を…。

東北地方と言うか仙台市には
商売繁盛のご利益があるとされる
「仙台四郎」なる神様がいるそうです。

実在した人物のようで、
今でも仙台ではある種、キャラクター化されて
「四郎自身が選んで訪れる店は繁盛する」と
いろんなお店で祀られているようです。

先日、夕食を食べに行った飲食店で見かけ、
仙台四郎のことを知っている知人に
そのことを教えてもらいました。

ちなみにこの仙台四郎さん、
私とかなり似ていて、笑ってしまいます。
奥さんにも娘にも言って写真みせたら
「似てる。」と笑われました。


(仙台四郎さんです)

若い頃ならそう嬉しくもないですが(笑)、
いい歳になってくると
商売繁盛の神様に似てるというのは
悪い気はしませんね。
むしろ、商売している身としては
ありがたい話と思います。

実際の話。
奥さんによく言われるのですが
旅先や外食で、私と一緒に行った飲食店は、
空いているからと入店した店も
食べ終わって帰るときには
お客さんでいっぱいになっていることが
多々あるようです。

仙台四郎さんのエピソードを話した時も
「一緒やん。」と言われました。

実はこの話、高校時代から
自分自身も思っていました。
なぜか私の行った店ってお客さんが
後からたくさん入ってくること多いのです。

そんな背景があり、
商売繁盛の神様で、
なおかつ見た目が似ている・・・。
他人とは思えませんでした(笑)。

子どもの頃から友人にも恵まれ
社会人になってからも
本当にたくさんの目上の方やお客さんに
可愛がってもらう毎日です。

何より、ステキな奥さんもいて
可愛い娘も2人いるのですから
人生ヨシ!としないと怒られます。

そんなこともあり、これから
「姫路四郎」と名乗るか思案してます♪

若い頃は、
「もっと背が高く生まれたかった。」
「もっと男前に生まれたかった。」
と思いましたが、
「周りに人が溢れている」ことの方が
全然、ラッキーですね。
(そう思えるには時間がかかりましたが(笑))

これからも商売繁盛のサポートができるよう
仕事に家族、友人関係に頑張ります!!

「志を得ざれば再び此地を踏まず」

朝晩涼しくなって過ごしやすくなりました。
このまま秋になっていくのでしょうか?
暑い夏はイヤですが、
夏が終わるっていうのも寂しいですね。

先日、野口英世さんのことを
深く知る機会がありました。

医術開業試験受験の為、19歳で
上京するときに生家の床柱に
医師になる決意を刻みました。

「志を得ざれば再び此地を踏まず」

医師にならない限り、故郷には帰ってこない。

19歳でそこまでの覚悟と決意を持ったこと。
驚くとともに感心してしまいました。

このような偉人と自分を比べること自体、
おかしいのかもしれませんが、
私のような50歳前の凡人でも
まだ覚悟を決めて決意する機会があるでしょう。

その時には私も決断できる勇気は
持っていたいと思った夏の終わりです。

追伸

野口英世さんは19歳で上京、
21歳で医師資格を取り、24歳で渡米。
39歳の時、2か月だけ帰国するも
そのまま日本に帰ることなく、
51歳の時、黄熱病で亡くなられました。

36歳の時にお母さんからの手紙が
届くのですが、この手紙読んだら
涙がこぼれてきました。

何回も「はやくきてくたされ」と
書いてあります。

「早く帰ってきて。」
「いつ帰れるか教えて。」
我が子を待つ母親の気持ちが
全体から滲み出ています。

若い頃なら息子目線で読んで
そんな風に思うのかなと感じたでしょうが、
今は、お母さん側の目線になりますから
読んでて同じような気持ちになりました。

「親孝行したいとき親はなし。」
親孝行できてるかと自問自答して
何もできてないように思いました。

来週は敬老の日。
時間作って家族で、
母親に会いにいきたいと思います。