自問自答をする

何日も鼻血が続いて咳、痰がひどく
何日か出張続きだった早く帰れた
先週のある日の夕方に耳鼻科に言ったら
花粉症の薬を処方されました。

中学生くらいから毎年3月限定で、
花粉症になるのですが、症状が様々。

中学、高校時代は目のかゆみ、
大学時代は鼻が寝れないほど詰まり、
社会人になったらおさまったりしつつ
ここ数年はノドに症状がでてます。

薬が効いたのか3月が終わりそうなのか
症状はかなり治まりました。
はやく4月が来てくれないかな・・・。

さて、今日、3月28日は
私が社会人になった日です。
大学を卒業し最初に就職したのは
某大手ハウスメーカー。

海に浮かぶ島の研修所に缶詰にされ(笑)、
私の社会人生活は始まりました。

希望と不安でいっぱいだったあの日から
22年の年月が経ちました。
時間が過ぎるのはあっちゅーまです。

私は毎年、3月28日に
こう自問自答をするようにしています。

あの時の自分が今の自分を見て
「あの時になりたかった自分になれているか?」
それを問うようにしています。

学生時代、憧れたミュージシャンが軒並み
当時40代だったこともあり、
「男は40代が一番カッコイイ」と思って
ずっと生きてきました。

その考えは今も変わっていません。

で、私は今、45歳。
まさに「男としてカッコイイ時間の真っ只中」なのです(笑)!

いろんなことがありましたが、
毎年、自分で「あのときなりたかった自分」に
「なってる」とは断言しにくいですが、
「未だになろうともがいている途中」とは思えるので
「よーし、この1年も頑張ろう!」と思えています。

そう思えることに毎年感謝します。

いままでお世話になった方々、
いろんなことを教えてくださった方々、
両親、恩師などたくさんに人にも思いますが、

何よりそう思える日々を
一番身近で助けて、感じさせてくれる
奥さんと2人の娘に心から感謝したいと思います。

希、智美、志保。
いつもありがとう。
あなたたちがいるから
父ちゃんは毎日、踏ん張れます!

今晩は、父ちゃんが晩御飯を作る日。
感謝を込めて、今晩は餃子鍋にしようと思います(笑)。

そうして自問自答したあと毎年、最後に
22年前に社会人の第一歩目を踏み出した
あのときの自分にこう問うのです。

「22年前の俺!
夢と希望に満ち溢れてますか?
45歳の俺は、まだまだ満ち溢れてますよ!」と。

話上手はマクラ上手

暖かい日と寒い日が
交互でやってくるこの時期。

体調崩しがちになりますが、
それ以上に花粉がいっぱい飛ぶのか
目のかゆみ や くしゃみ、
ノドの痛みに悩まされています。
毎年3月だけ大変なので
早く4月になってほしい森下です。

さて、今日は「お笑い」の話。

芸能の世界では私は「漫才」が一番好きです。

年に数回は機会をみて見に行きます。
相方との会話の中、お互いのやり取りで
「間」の応酬に大笑いします。

その「間」に勉強になることが多く、
日々の会話に活かしていきたいのですが
といっても、これはパートナーがいてこそ。
そうなるとなかなか日々の生活に活かすのは
難しいものです。

なので、日々の話しかたでは
「落語」が大いに勉強になるなと思ったりします。

大御所はもちろんですが、
生で聞く落語はとても面白いです。
姫路の街でも月に1回、落語が聞ける
寄席のような場所もあり、
大笑いさせてもらいます。

お話が面白い落語家さん
ベテランの域までくるとなおのこと
「マクラ」がとても面白いです。

マクラとは
最初の導入部で話す自己紹介や
言葉の説明などをする
一言でいったら雑談のようなもの。

個人的には名人といわれる人ほど
このマクラが抜群に面白い。

なんばグランド花月などで出られる噺家さんは
時間の都合上、マクラと言うか
小噺だけで終わりますが、
嫁との初デート(笑)だったとき観た
仁鶴師匠は笑わないといけないと
思わされる「間」の応酬で嫁さんが
とても大笑いしてたのを思い出しました(笑)。

でもこれって何でも一緒です。
例えばセミナーでのお話だったり、
学校の授業だったり、
セールスを受けてたりしても同じです。

やっぱり面白い人、
その上でいい情報をくれる人は
話し上手というか、マクラがとても上手です。

いきなり本題に来られると
身構えてしまいますが、
最初の会話でリラックスさせられ
その上でクスッとでも笑わせてくれたら
相手の会話に引き込まれることが多いです。

いい情報をくれるのですが
マクラが下手な人って
スピーカーとしてイマイチで
結局、何が言いたかったのか
よくわからなかったりします。

雑談を上手く活かすとか
イエスセットやミラーリングといった言葉で
マニュアル本には書かれてますが、
これらも言い方をかえたら
話し上手、マクラ上手なことを
言っているように思うのです。

私のモットーは
「何を言うかでなくて、どう言うか」
言い方一つで伝わることも
感じることも大きく変わります。

同じことを言ってるのに
言う人が違ったら
受けとりかたが大きく違うのは
「どう言うか」の部分がとても大きいわけです。

雑談上手といった表現もいいですが、
雑談好きな人は話が脱線する人が多いので(笑)、
導入部分のマクラが上手な人といったほうが
ニュアンスがうまく伝わるように思います。

ちなみに落語は
名人といわれる人が多いですが、
個人的には「立川志の輔」さんが観たいです。
生で観れる機会があったらな・・。

むずかしいことをやさしく

今週、たぶん人生で初めてだと思うのですが、
インフルエンザにかかり寝込んでました。

ここ10数年間、毎年11月には予防接種を受けて
万全の体制で日々過ごしてきましたが、
今年ついにかかってしまいました。

体調も弱っていたのかもしれません。
禁酒してゆっくり寝て充電できたと
今は結果論でプラス思考の森下です(笑)。

さて、今日は
「どんなときにプロフッショナルって感じがする?」
といったお話。

娘たちは学校にいく準備が早くできたら
朝はNHKを見ています。
子供向けの番組ですが、大人が見ても
面白い番組が多いですね。
なかでも「ピタゴラスイッチ」のピタゴラ装置は
本当、秀逸で面白いです。


(こんなやつです)

本当は頭のいい人達が
とても高度で
難しいことをやってるのでしょうが、
身の回りのものを使い
とても簡単そうに
とても面白く実演されるのを見て
すごい「プロ感」を感じてしまいます。

私は「むずかしいことを
どれだけ簡単に伝えられるか?」が
プロフェッショナルの第一条件だと思うのです。

むずかしいことをむずかしく言う人って
どれだけ自分がスゴイのかを
アピールしたい人にしか思えず、
どれだけ凄くてもアマチュアのすごい人って
感じがします。

むずかしいことこそ
最初に簡潔に一言で言えないと
専門家同士でない限りは相手には伝わりません。

そう言ったら
「わからない奴にはわからなくていい」
といったような上から目線の
みもふたも無いことを言う人も多いですけど
そんな人に限って、一般のエンドユーザー相手に
商売をしていたりするので、
「どないやねん!」とベタの若手漫才師みたいに
ツッコミたくなります(笑)。

「むずかしいことをやさしく」
これって本当に難しいですが、
商売でも教育でも躾でもとても大事ですよね。

井上ひさしさんの言葉に
こんな言葉があります。

「むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをおもしろく
おもしろいことをまじめに
まじめなことをゆかいに
そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」

なかなか奥の深い言葉です。
でも、この通りですよね。
学校の授業に置き換えたら納得します。
こんな授業なら面白かっただろうな。

予備校時代の名物講師の授業は
まさにこんな感じでした。
週に1度の授業が楽しみで仕方なかった19歳の頃。
あれは金曜日の4時限目でした。

後、永六輔さんの信条
「法にのっとり 比喩を用い 因縁を語るべし」は
筋道を立て たとえ話を使い 原因と結果を話すことというのを
井上ひさしさんが言い換えたものだとも聞いたことがあります。

むずかしいことをむずかしく言うことが
悪いとか言いたいのではなく、
むずかしいことでも相手に伝えたいことは
伝えなければいけないわけで

それならそれをどうやって伝えたらいいのかを
考えていけば、やっぱりどれだけ簡単に
伝えられるかが大事なのではないでしょうか?

(それこそ小学生にも分かるような
具体的な言い方がいいですね。
ちなみに当時10人に1人が読んだとされる
大ベストセラー福沢諭吉「学問のすすめ」は
もともと小学生の教科書用に書かれたものらしく
これがまた難しいことを簡単に書かれてる名著。
機会を見ていつかこの話も書きたいです。)

頭ごなしに言われるよりも
わかりやすく言われたほうが
聞いてるほうも頭に入るし、
そこに笑いがあればなおさらですから。

そのプロセスには
「たとえ話」がとてもポイントになるのが
むずかしいことを優しく言うヒントのような気もします。

ちなみに私は「たとえ話」が異常に多い人です(笑)。

儀式を行うこと

3月です。
あっちゅーまに今年も2ヶ月終わりました。

暖かくなってきましたが、
そのぶん花粉がたくさん飛んでるようで、
不意にくしゃみが10連発くらい出てます(笑)。

穏やかな花粉症でありますように・・・。

先月のお話。
2月24日は長女の9歳の誕生日でした。
毎年、24日前後の都合のいいときに
お誕生日会をするのですが、
今年は25日に家族で行ないました。

「もう9歳になるんだな。早いな。」と
お父さんは細い目を一層細くして娘を見てました。

毎年、産まれた日のことを思い出します。

予定日より1週間くらい遅かったこと。

夜の21時くらいに陣痛?らしき感じになり、
奥さんを家において会社に戻り仕事して
翌日休める準備をして0時過ぎに家に帰ってから
病院にいったこと。

病室で産まれかかって
緊急で分娩室に入ったこと。

出産に立ち会ったものの
分娩室に入って5分くらいで産まれてきて、
娘が泣くより先に父ちゃんが大号泣したこと(笑)。
昼の12時41分だったかな・・・。

産まれた顔を見たら
私にソックリで心が痛んだこと・・・・。

産まれて1時間後くらいの14時頃に
会社からクレームの電話がかかってきて
さすがに今、対処はできるような状況でないので
部下の責任者に代わりに謝罪に行って
もらうように言ったら
「僕はいきません。」といわれ、
ムカつきながら家に帰って着替えて、
子どもが産まれてすぐに謝りにいったこと(苦笑)。

それを見て、奥さんが
不安そうな心配そうな顔をしてたこと。

いろんなことを思い出します。

誕生日は毎年、娘にリクエストしてもらい
夫婦で御飯を作るのが恒例になってます。
最近は娘たちも手伝ってくれて
楽しく準備しています。

昔は毎年リクエストが「たこ焼き」でしたが、
小学校入ってくらいから
「唐揚げ」「ポテト」になってます。
変わり映えのしない定番メニューを作ります。

平凡な家族でのお誕生会。
レストランに行くでもなく、
ご馳走を食べるでもなく、
昭和テイスト満載なお誕生日会をしています。

でも、こういった区切りやけじめの儀式は
大小問わず、きちんとセレモニーとして
したほうがいいといつも思っています。

誕生日会はもちろんのこと、
結婚式や告別式といった大きなことから
入学式や七五三といった行事や
クリスマスや節分、結婚記念日のお祝いなんかも
区切りとしてやったほうが人生、楽しいです。

もちろん、ちょっとしたことでいいんです。
ケーキを食べるとか
お酒を呑むとか
みんなで写真を撮るとか
そんなことをすることで
毎日を楽しく生きれるように思っています。

なので、家族の誕生日は
いつも賑やかに楽しくしています。

そんな我が家は毎年、結婚記念日の前後には
家族で写真館にいき、家族写真を撮っています。
今年の5月で10年目。
今も9枚の家族写真が家にはあります。

何にも変え難い家族の宝物ですね。

こうした区切りを一つ一つ儀式で
確認することの大切さは
人生においても
仕事においても
何においても同じなわけで、
それならそれを楽しみたいのが私の考えです。

今日はひな祭り。
私は仕事で、娘たちは習い事ですが、
明日の夜はみんなでチラシ寿司作って
雛人形の前でみんなで食べる予定です。

(先月の長女の誕生日に
長女、次女と一緒に撮った写真です。)