「真摯に取り組む」ということ

今年も後5日となりました。
年の瀬を感じる今日この頃ですが、
いかがお過ごしでしょうか?

私は明日で仕事納めとなります。
来年には娘2人も小6と小4になります。
いつまで遊んでくれることやら・・・・。

このお正月も娘たちと
まぶりついて遊ぶ予定です(笑)。


※まぶりつくって岡山の方言らしいです・・・。

さて、年末の恒例行事の楽しみと言えば
個人的には「M-1」があります。

年に数回は寄席に行き、
落語を聴いたりしているのですが、
実は、漫才の方が好きだったりします(笑)。

今年の「M-1」は初出場の方が多く
安定感が薄いというか、
安心感が無いというか
どうなることやらと少し不安でしたが、
蓋を開けてみたら過去最高ともいわれる
大激戦となりました。

優勝したのは、
ミルクボーイなるコンビ。
腹抱えて笑ってしまいました。

2人の漫才を観たら
コーンフレークは食べたくなったけど
モナカはあんまり食べたくならないのが
漫才通りで笑ってしまいます。

放送直前に煽る番組も観ましたが、
決勝が決まって涙するコンビばかりの中、
涙流すことなく淡々と語っていた
2人の姿がとても気になっていました。

優勝したら様々なエピソードが出てきます。
そんな中、とても印象的だったのは、
「それまで先輩芸人たちと遊んでたけど
去年、後輩の霜降り明星が優勝したことに
衝撃を受けてから、先輩からの誘いを
全て断ってひたすら漫才に取り組んだ。」
って話でした。

頑張ったことが気になったというより、
胸に残ったのはそんな話に続く部分、
「先輩との付き合いも芸人は大事。
そんな先輩との付き合いが無くなったことを
悪く言う人も多くいた。」ってところ。

こういう意見って一理あるようで
本当にズレているなと感じるのです。

自分がやろうとすること、
自分がやらねばいけないことをやるときは
そのことに集中してチャレンジすること以上は
何もないように思います。

縁を切るとかではなく、
何かに一生懸命とりくむことで
誰かと付き合いがお休みすることは
一生懸命生きていたら普通にあることで
無かったら、そのことの方が問題です。

ましてやそれが仕事なら尚更のこと。

働き方改革とかなんだかんだ言っても
一生懸命仕事に取り組むことは
若い時こそ絶対必要なわけで
そこを否定してしまっては本末転倒です。

真摯に取り組まずして、
成長も成功も満足もやりがいも
手に入れられないのは、
いつの時代も一緒なのではないでしょうか?

昔、こんな話がありました。
自分が30歳くらいの頃、ちょっとした縁で
某プロ野球チームの2軍の選手たちと
ご飯を食べにいったことが数回あります。

2軍とは言え、プロ野球選手ですから
どこにいってもチヤホヤされるのでしょう。
遠征の合間にファンたちとの食事会に顔出し。
月に何回も行かれているような口ぶりでした。

とは言え、2軍ならばまだまだ練習して、
上を目指さねばいけない時期。
選手期間なんて短い世界ですから
今は寝る間も惜しんで
練習しないといけない時期なのでは?
一緒に食事してお話しできて
嬉しく楽しい時間ではありましたが、
正直、そんなことを心の中で思っていました。

そんなこと思ってたある時、
数年前に新人王候補までなり
レギュラーだったある選手が
ケガだったか不調だったか忘れましたが
2軍にいた時期に食事会がありました。

見渡してもその選手がいなかったので
「〇〇さん来られてないんですか?」って
若手の選手に聞いたらこんな風に言われました。

「あぁ、〇〇さんは来られないです。
〇〇さんはこういった場には来られませんね。

っていうか〇〇さんって変わってるんですよ。
遠征とか言っても夜ご飯終わったら
こんな集まりには一切来られなく、
ホテルの部屋でずっとバット振ってますね(笑)。

付き合いも悪いんですよ。
みんな〇〇さんは変わり者だからって
あんまり話しかけもしないですね。」

本当にこんな返事をされました。
この話を聞いてみなさんどう思われましたか?

〇〇さんって変わってますか?
私はよっぽどこの若手の方が変わってるというか
ダメだこりゃ?って思いました。

ミルクボーイのエピソードを聞いて
このことを思い出しました。

自分のことを守れるのも自分しかなく、
誰かに寄りかかって生きていけることは
今の時代でも難しいことでしょう。

ネットで見てたら数年前なら
さほどウケていなかったネタだったみたいです。

それを何回も舞台で演って、
いろいろ練っていくことで
史上最高点を叩き出したネタにしていった姿が
本当に凄いなと感心しました。

優勝したからこそ分かった話ですが、
でもやっぱり今回の優勝は、
偶然ではなく必然だったんだなって
思わずにいられませんでした。

ちなみに、さっきの某野球選手の話ですが、
バットを振り続けた〇〇さんは1軍に戻り、

そんな〇〇さんの姿勢を変わっていると
いった若手の選手や同意した選手たちは
1軍で試合にでることはほとんどなく
選手を終えられたことは書いておきます。

私は来年、年男。48歳になります。
これからの12年間は、
仕事においての人生の仕上げを
していかないといけない期間になります。

惰性になったり
見ないふりをしていることはないか?
自分をごかましていないか?
やらないとやらないことをやらない言い訳を
自分で作っていないか?

今一度、真摯に取り組むということを
見直して年を越したいと思っています。

どんなことでも人生のヒントがあります。
自分を見つめ直せる機会を得られます。
たかが漫才番組と言う人も
いらっしゃるでしょうが、
今回のⅯ-1はそんなことを感じました。
いい機会をもらえました。
よかったです。

今年も一年ありがとうございました。
たくさんの方に助けられ、
可愛がられて過ごした1年でした。
心より感謝申し上げます。

そして、また来年もよろしくお願いします。

灯台下暗し

今日で12月も半分終わりですね。
年の瀬が近づき、
何かと慌ただしくなってきました。
風邪(特にインフルエンザ)にならぬように
気をつける毎日です。

一昨日の13日は亡父の命日でした。
父が亡くなって29年経ったことになります。
当時18歳、高3だった私も今年47歳。
父は55歳でしたからもうすぐ追いつきます。

ちなみ私が55歳のとき
長女が18歳なので全く同じ。
それを考えたら心残りだったと思います。
健康には気をつけたいと思います。

昨日の夜は久しぶりに家族団らん。
ご飯を食べながら家族でブラタモリを観ました。

昨日は姫路城がテーマ。
地元が取り上げられてることもあり、
なかなか興味深く楽しい時間でした。

姫路という街は姫路城が無くなったら
観光が成り立たないほど
姫路城におんぶにだっこ状態(笑)。

とは言え、初めて知る情報もあり、
家族で大盛り上がり。
中でも驚いたのは、
姫路に水軍の基地があったことです。

江戸城との近い関係も関心しましたが、
あの当時、姫路という街は
重要な軍事拠点だったんですね。
改めて感心しました。
そりゃ、家康の次女が嫁いでくるはずやと
夫婦で笑いました(笑)。

お城周辺は地元なのでよく知ってますが、
今回言われるまでお城周辺の堀が
螺旋状になってるなんて気づきもしなかった。

「灯台下暗し」
自分の身の回りで起きていることは
案外分かりにくく気づきにくいものですね。

自分は恵まれていないとか
自分はツイていないとか
そんなことを思う時もありますが、
実は自分が気づいていないだけで
恵まれていたり、ツイていることが
本当はたくさんあるのでしょうね。

本当は自分の身の回りにいる
家族や友人といった多くの理解者がいることに
日々感謝できるように・・・・
灯台下暗しにならないようにしたいと
ブラタモリも見て思った森下でした。

50年前の奇跡

今回は、完全に趣味の世界です(笑)。

以前にもチラッと書きましたが、
2019年中にちゃんと記事を
書きたいと思っていたら
もう終わりそうなので記事にします。
滑り込みセーフですね。

様々なジャンルで節目になる年ってあります。
洋楽の世界においては、
ちょうど50年前にあたる
1969年が大きな節目だったと思います。

ウッドストックが開催されたり、
ストーンズを作ったブライアンジョーンズの死
なども事件もあるのですが、

何と言っても1969年は名盤と
呼ばれるアルバムが
数多く発表された一年です。

ビートルズのラストアルバム
「アビー・ロード」

ストーンズ最高傑作の一つ
「レット・イット・ブリード」

キング・クリムゾンのデビュー作
「クリムゾン・キングの宮殿」

これまたレッドツェッペリンのデビュー作
「レッド・ツェッペリン」

クリームのラストアルバム
「グッドバイ・クリーム」

あげていくとキリがないのです。
他にもザ・フーの最高傑作「トミー」や
クリーム解散後、クラプトンが結成した
ブラインド・フェイスの唯一のアルバム。

ツェッペリンは1stに続き2edも発表し、
ザ・バンドもCCRも名盤を作っています。

もう凄すぎて、一人で熱くなってます(笑)。

そして、何に驚くかと言ったら
これらの名盤は50年経った今、聴いても
全く色褪せることなく、
古臭くすら感じられないことです。

ファッション等は、
流行り物は1周回ってお洒落ってことも
時としてありますが、
50年間ずっとオシャレってなかなかないです。

ジーンズですらマイナーチェンジを
繰り返していて、ずっと同じって感じは
リーバイス501くらい?
(あんまりオシャレには詳しくないので
厳しいツッコミは遠慮します(笑)。)

何故こんなに50年経っても古臭くなく、
いつまでもカッコいいのかは、
これらの音楽が、現在の音楽の音や在り方の
原点になったからのような気がしてなりません。

ツェッペリンの登場でロックン・ロールが
ロックの方向へ加速し、ハード・ロックへと
向かっていきました。

キングクリムゾンがプログレシブ・ロックの
礎を築いていきました。

1967年発表されたビートルズの
「サージェント・ペッパーズ~」から
始まったコンセプトアルバムの定義を
ザ・フーがより明確にしました。

ザ・バンドがカントリーをより一層、
ロック寄りへ深めていきました。

そして、
ビートルズが楽曲の素晴らしさと共に
絶頂期で終わるカッコよさを教えてくれ、

ストーンズは黒人音楽の素晴らしさと共に
絶頂期からまだ50年続けることの
カッコよさを教えてくれました。


(「ロックするのは簡単だ。
でもロールし続けるのが難しい。」
キースのこの言葉は名言と思います。

ボクシングの
「チャンピョンになる事より
防衛する方が難しい」にも似てますね。)

こうして、今に続くルーツの原点が
この1969年、50年前のこの年に
多く存在したわけです。

この50年は音楽に限らず
どんな世界でも技術や価値観、手法が
どんどん新しく生まれていき
成長したしていったと思います。

反面、新しく変わっていく多くの中で
決して変わってはいけないものも
改めて再確認されていったのも事実。

技術や知識は新しいもののほうがいいのは
言うまでもありません。
実際、新しいものを明確にしていった人が
その世界の第一線にいて
ポジションを築き上げられています。

でも、変わってはいけないものまで
変えてしまってたら、
そのまま居続けることはなく、
5年も経ったら消え去っています。

まさに、ロールし続けるのが難しい話と同じ。

個人的に変わってはいけないものは
何かは思い当たるものはあります。
ただ、言葉で言ってしまうと
陳腐に聞こえそうな気がしますので、
言うことは控えておきます(笑)。

ただ、変わっていけないものが何なのかを
自分でしっかり持っている人の中で、

一層、新しい技術や手法を活かせている人か
不変の考えを更に深堀りできている人が、
いつまでも第一線に
立っているのではないでしょうか?

50年経っても色褪せない名曲を聴いてると
偉そうにそんなことを感じる今日この頃です。
何様だ、俺は(笑)。

ちなみに私は1972年生まれ。
産まれる3年前の1969年の時代の空気を
肌で感じてみたかったですね。
死ぬまでにドラえもんに出逢えたら
タイムマシンで連れて行ってもらいたいです。

「あっという間の人生」

12月になりました。
今年も後1か月!!
歳を重ねる毎に1年が
「あっ!」という間に過ぎていきます。
1年の締めくくりとして
この1か月は色々と考えてみたいと思います。

先日、ネットを見ていたときのこと。
時間があっという間に
過ぎていくなと思う時期だからか
やけに胸に残った言葉がありました。

田口久人さんという方の
「あっという間の人生」という詩。
それはこんな感じでした。

【夢中で駆け抜ける10代
真剣に将来を考え始める20代
人生の分かれ道を迎える30代
迷いながら信じた道を突き進む40代
残り時間を意識して選択する50代
自分を確立し始める60代
どの年代もあっという間に過ぎる
行きたい所があるなら行く
会いたい人がいるなら会う
やりたいことがあるなら全てやる
人生は自分が思うよりも短く
いつ終わるかわからないから】

自分に照らし合わせてみました。

10代は何も深く考えて生きてなかったけど
18歳で父が亡くなり、
19歳は浪人生で宙ぶらりん。
確かに夢中なうちに過ぎていったな。

20代は何にもうまくやれなかったな(笑)。
でも、こんな下積みの日々がないと
おっさんになったとき輝けないから
その糧になると信じてた毎日。
少しは将来を考えていたのか?
(今の時代、下積みなんて
古臭い考えなのでしょうが、
どの道が実はよかったのかは
40歳あたりで答え合わせが
あるもんだと思ってます。)

30代は人生の分かれ道満載。
体調を崩した32歳。
結婚した35歳。
父親になった36歳。そして38歳。
前職で社長になったのも38歳。
新しい人生が始まった。

40代の今。
45歳で独立して、
まさに迷いながら信じた道を突き進む今。
迷いや不安もたくさんあったけど、
何とかやっていけています。
多くの方の理解と好意、協力に
日増しに感謝する日々です。

行きたい所には、
時間的、経済的に許す限り行っていますし、
会いたい人とは10代の頃からの友人でも
今でも会える日々を過ごしてきたので
同窓会にはいく理由もないくらいです(笑)。

やりたいことは全てはやれていませんが、
これも時間、お金、家族が許す限り
やっています。
理解して許してくれる奥さんには
いつも感謝しています。

その代わり、時間がある限り
炊事も洗濯も掃除もしますし、
子育ても必死で楽しく、奥さんとやっています。
素敵な奥さんだからということもありますが、
日々の努力もあることはアピール(笑)。

やりたいことを
やるということは、そういうこと。

好きなことをやるには、
理解してもらうためにも
身も蓋もなく言えば、
「お金」か「手間」は必要。

基本は、料理と一緒と思います♪

昨日は夜ご飯作っていて
手羽中を揚げていたら油が跳ねて
瞼をヤケドしました。
痛いです・・・。

(これが油跳ねした問題の手羽中・・・)

事故で死んだ友人もいますし、
病気で死んだ友人もいます。
自ら命を絶った友人もいます。
もうそんな歳になったのかなと思います。

やりたいことはやれるように。
何よりやりたいことは何なのかを
まずはハッキリとさせて、
この1年もいい1年だったと思えるように
師走の1か月を走り切りたいと思います!

まずは今晩の献立を考えよう・・・・・。