言ったもん勝ち!

梅雨明けしていい天気が続くと思ったら
台風がかすめて過ぎ去って行きました。

本日午前中はPTA行事でプールでした。
子どもたちは大喜びも
付き添いのお父さんらはバテバテ。
とはいえ楽しい幸せな時間でした。

今日は、土用の丑の日。
鰻を食べて暑さを乗り切ろう!って話。
我が家は娘たちがピアノで
一緒に夕飯を食べれないこともあり、
昨晩に1日早い土用の丑でした。

鰻なんてめったに食べませんが、
実は奥さんの大好物なこともあり、
奮発したのでありました。

とは言え、土用の丑の日に鰻を食べる習慣。
有名な通説では、
こってりしてて夏場に売れないことを嘆く
鰻屋さんが平賀源内に相談したところ
「丑の日だから″う”のつくものを
食べると縁起がよい」と語呂合わせて、
暑い夏を乗り切るには最適!と言い
「本日 土用の丑の日」と看板を揚げさせたら
何だ何だ?とお店を訪れ大繁盛。
それを見た他の鰻屋も真似をしたといった話。

そもそも鰻は秋から冬が旬の食べ物。
こじつけにも程がありますが(笑)、
こうやって売り上げをあげていくのは
ビジネスの原点。

セールスポイント
キャッチコピー
今の時代にも通じるお話です。

と言ってもこの手の話は、
「言ったもん勝ち」の世界ですよね(笑)。

でも、先に言い切ったから
ポジションを獲得して売り上げを伸ばした
成功例の話って多い事を思ったら
笑い話ではなく、耳を傾ける話だと思います。

地元のお店とかでもありませんか?
誰が言ったわけでもないけど
和菓子屋さんの店主が勝手に、
この店は〇〇饅頭が名物です!とか言ったら、
いつの日かその〇〇饅頭が
その店に名物になっていたり、

地元の居酒屋さんが、
この店は餃子が大人気です!とか言い続けたら
餃子が名物になっていたりする話。

ぶっちゃけ、本日のオススメ!とかいう
メニューもお店が勝手に言ってたりするわけで
これもベースは「言ったもん勝ち」の話。

「自分からそんなこと言えない。」
「誰かが言ってくれたから、
名物って名乗れるのであって
そんな勝手に言うのは恥ずかしい。」

そんな真面目なこと言ってる人ほど
商売で苦戦してて、
「そんなことなんでもいい。売れたら勝ち!」
なんて言ってる一見、適当な人のほうが
商売を軌道に乗せていることが多いのも事実。

売れない人、結果残せない人ほど
恰好つけて自分のスタイルに固執しがち。
売れるようになるまでは売れてる店や
売れている人のマネをすることが
実は成長の最短距離だったりします。

これが天然でできる人って
本当、商売人だなっていつも感心します。

「言ったもん勝ちよな~。」と
昔、思っていたエピソード。

住宅業界で家を売っていたときのこと。
どんなハウスメーカーでも
どんな工務店でもどんな大工さんでも
家を建て替える事もあれば、平屋も建てるし、
2世帯住宅も3階建ても建てています。

でも、ある会社は
2世帯住宅なら〇〇(会社名)
ある会社は、建替えなら〇〇(会社名)って
自ら勝手に名乗り出しただけで、

それを検討しているお客さんは
まずは行ってみようと足を運ばれていた事実が
多くあったことを思っても自ら
名乗ってみることって大事だと思うわけです。

これらのことを不真面目とは言いませんが、
真面目な人ほど言えない罠というか
深く考えない人のほうが世の中をうまく
渡っていることが多いのは
こんな背景なんでしょうね?

そう思ったらまずは、自分の売りは何?
自分の武器は何?って考えてみて
それが何なのか分かったら
その次は照れることなく自ら名乗ってみる!

それをセールポイントにする、
それをキャッチコピーにして伝える。
「言ったもん勝ち」の世界ですが、
それでポジションをとることができたら
成功の階段の一段目に登るわけです。

平賀源内ってスゲー!って
改めて思いました。

「400戦無敗」と自ら名乗った
ヒクソン・グレイシーの
セルフプロデュース力にも
改めてスゲー!と感心しました(笑)。

まさに「言ったもん勝ち」!!!

お客様は神様です。

終業式も終わり、娘達は夏休みになりました。
40日ほどの長期休暇でうらやましい限り。
とはいえ親は何かと大変ですが(笑)、
娘達にとって楽しい夏休みになりますように。

先日、ネットで見たのですが、
石垣島のラーメン店が「日本人お断り」
といった貼り紙をして営業されている
ニュースがありました。

マナー違反に困っているお店側の主張も
あったかと思ったら
お店の対応自体も悪かったといった
お客さん側の反論もあり泥試合な展開。

立ち位置によって
お互いの様々な意見もあるでしょうが、

私は「お客さんはもちろんのこと
お店側にも相手を選ぶ権利がある。
嫌なら行かなければいいことで
お店でそれで潰れるのなら仕方ない。」
と思っています。

そもそもの言葉の意味自体が
一般的な認識と違うようですが、

三波春夫さんが言って有名になった言葉
「お客様は神様です」
この言葉の受け手側の勘違いが
話をややこしくさせているような気がします。

本来、ビジネスは売り手と買い手は対等。
買い手は売り手を選べますが、
売り手も買い手を選べます。

買いたくなければ買わなくていいし、
売りたくなければ売らなくていい。

もし、買い手を選んで売れなくなって
商売ができなくなってもそれは覚悟の上。
買い手は嫌なら文句を言うのでなく、
その店に二度と行かなければいい。
ただ、それだけのような気がします。

「お客様は神様です」といった言葉を
都合よく解釈した相手に下僕のごとく
責められてボロボロになったことも
若い頃ありました。
そんな時に知った言葉。

「もし、お客様が本当に神様なら
例えば、こっちがミスしても
許してくれるはず。
なのに、こっちが約束通りしても
なんだかんだ言ってくる人もいる。

だからそんな人たちって
お客様は神様でなく、
お客様は殿様なんだよ。」

そう思ったらなんか心の中が
整理できたような気もしました。

営業は下僕になるのではなく、
あくまで対等で行うものなんだと
自分も殿様になったような気になって
仕事をしたらいいと教えてもらった時から

負け犬状態だった自分を脱却して
少しづつ成果も出せる営業マンに
なっていけた若かりし頃を思い出しました。

その代わり、下僕を望んでくる人からは
嫌われましたけど、心は健康になりました。
何より、いいお客様に可愛がられて
受注も増えていったのも覚えています。

ただ覚悟は、いりました(笑)。
お客様を断るなんていいのかな?
不安でいっぱいでしたが、
やってみて初めて感じること
初めて見える景色がありました。

そして、天然で売れている営業マンって
お客様は誰でもいいのではなく、
お客様を無意識に選り好みしている傾向が
あることにも気づくことができました。
(これが天然でできる人は
営業の天才だと思っています。)

なので、今回の石垣島のラーメン屋さんの話も
お店を生意気だと嫌うお客様がいれば
行かなければいいし、
マナー違反のお客様を嫌うお店ならば
来店をお断りすればいいのです。

それで、お店が儲かるか潰れるかは
誰の責任でもなくお店が選んだ結果。
そもそも10年経って
お店が残る確率は5%なのが厳しい現実。

お店はかなり覚悟をして商売を始めているので
反面、お客様はシビアに相手を選んでもOK
それこそがビジネスの
前提なのではないでしょうか?

店員の態度が悪かったり
店員が未熟でいらだったとしても
偉そうな態度で文句を言ってくる人って
たまにお見掛けしますが
そんな人、みなさん好意を持ちますか?

嫌なら二度と行かなくてもいい以前に
その場で帰ればいいだけのこと。
本当、ただそれだけのような気がします。

そもそも過度なクレームや
横柄な態度をとる人は、
目の前のことに怒っているのではなく、

持っていき場のない人生の怒りの
八つ当たりをしているだけで、
その八つ当たりができる機会を
店員の態度やネットの記事に見つけた時に
スイッチが入っているだけだと思います。

気に入ったら付き合う。
嫌なら断る。
シンプルがいいですね。

そんなかっこいい大人になりたいものです。

一貫性と柔軟性

今日、7月13日は我が家の誕生日。
誕生日というのは引っ越してきた日です。
9年前の今日、この地で生活が始まりました。

我が家のリビングの真ん中には
構造上必要ない柱が立っています。
普段は私の背中をかくことのみに
利用されていますが(笑)、
この柱には娘たちの身長を
刻みこむために立てました。

毎年正月と7月13日に計っていて
今年も刻み込みました。
娘たちが健康で成長してくれていることに
心から感謝したいと思います。

さて、今日は一貫性と柔軟性のお話。

スタンフォード大学の実験結果によると、
人間はひとたび決定を下すと、
一貫した行動をとる傾向があるそうです。

物事を達成するためには
「一貫性」も「柔軟性」も必要ですが、
どっちに重きを置いたほうが
いいのかと言えば、答えも様々でしょうが、
まずは一貫性のほうから
何事も始まるように思います。

そんなこと思いながら
一貫性という言葉をWikipediaで見てたら
興味深い話が載っていました。

『人は自身の行動、発言、態度、信念などに
対して一貫したものとしたいという
心理が働く。
この心理を「一貫性の原理」と呼ぶ。
この心理の根底には、
一貫性を保つことは社会生活において
他者から高い評価を受けるという考え、
複雑な要因の絡み合った社会生活での
将来的な行動決定においてより
簡易に行動を決定することができるなどの
要因があるといわれる。』

確かに一貫性のある人のほうが
評価されています。
ただ、読み続けていくと
その一貫性をとろうとする心理を利用した
ビジネスのテクニックが書かれてありました。

基本的なテクニックな分、
ご存じの方も多いので詳細は書きませんが、
「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」
「返報性の法則」などがその例です。

Wikipediaを読む中でその先に書いてあった
「ローボール・テクニック」っていう話を
読んでいて昔を少し思い出しました。

私は以前22年間、住宅営業をしていました。
ありがたいことに多くの方の家づくりの
お手伝いをさせて頂きました。

仕事していく中ではもちろん
他社と合い見積もりになるようなことも
多くありましたが、そんな時によく
相手の会社にこのローボールテクニックを
使われて、嫌な気持ちになったものです。

これは一貫性の原理を利用したもので、
悪い条件を隠しておいて、顧客が購入を
決定した後で条件を出す手法。

「弊社は先方の内容と同じですが、
300万円安い1500万円でできます。」と
言って、意思決定をさせ商談が進んでから
「実は・・・」と言って価格をあげていくもの。

他人事なら「そこで断ったらええやん!」と
思われるでしょうが、
実際、当事者になるとそうでもありません。

一度、買うと決めたらその決定を覆してまで
キャンセルしようとはしないものです。
まさに「一貫性の法則」を利用したもの。

結果、当初より大きな変更も追加もないのに
何百万円も高く買うことになります。
後で、価格が高くなったといった話も
昔多かったですが、今も少なくありません。

「おとり広告」にも似てますとも
書いてありましたが、本当、その通りです。

競合では契約したもん勝ち。
所詮、断られた側の
負け犬の遠吠えなのでしょうが、
これは売り手の都合なだけで、
お客さんにとってのものでない以上、
こういったケースで他決されたときは
いつも嫌な気持ちとお客さん大丈夫かな?と
気になって仕方なかったです。

詐欺師や勧誘テクニックとして
今も利用されていて
住宅販売でもまだまだこの手の売り方を
している会社はたくさんあります。

高額な分だけ価格は大事ですが、
判断基準の一番が価格なときに
概ね起きているように思います。

そんなときは自分自身の行動は
一貫性を保とうとしているだけではないか?
後出しで知った情報を
そのまま時間だけ遡ったら
最初の要求を受け入れていただろうか?と
自問自答することがよいと
書かれていましたが、

私なら合い見積もりする会社が
仮に3社あるとしたら
価格が安い会社を3社残すのではなく、

自分が建てたい家を建ててくれそうな3社、
何より実績、提案を含めて
信頼信用ができる3社といった基準で
検討して頂きたいと今でも思っています。

一貫性をもつという考え方は
とても大事ですが、
時に柔軟性をもって
自分を客観視できることを
忘れないことで一層、その一貫性は
筋が通ったものになるのではないでしょうか?

9回目の我が家の誕生日の今日は
改めて家族のことを考えてみます。
夜、娘たちは習い事でいませんが(笑)。

モラル・ハラスメント

7月になりました。

暑くなってきたせいか
読書することが増えました(笑)。

ここ数か月の読書のペースは
ビジネス本や自己啓発本で10冊~/月、
音楽、野球、格闘技、お笑い、麻雀などの
趣味の本が5~10冊/月といった
ほどよい いい感じ(笑)。

読み直した本が何冊もありますが
だいたいこんなペースです。

どの本も面白く、学びになる事は多いですが、
今までモヤモヤと思っていた疑問や
漠然と悩んでたことをズバッ!と
痛快に言い切ってくれるような本に
出逢えることはそうあるもんでもありません。

そんな中、久々にズバッ!と
心を切られる本を読みました。
実は先月に読んで、あまりにも納得したので
1か月ほど寝かして再度読みました(笑)。

その本は、早稲田大学名誉教授であり、
ラジオの人生相談を40年以上されている
加藤諦三さんが書かれた
「モラル・ハラスメントの心理」と言います。

今の時代、〇〇ハラスメントって言葉
何個あるんだろうと思いますが、
モラルハラスメントとはどういったものか?
興味があったので読みました。

問答無用のハラスメントはさておき、
なんでもかんでも受け手側の判断で
ハラスメントだと騒ぐことも
時として、それこそ暴力や痛がらせと
感じてしまうときもあるのですが、
これからの時代はこれらの言葉の意味を
きちんと把握しておくことは大切と思います。

そんなところで知った
モラル・ハラスメントとは、一言でいうと
「美徳による束縛」
「恩着せがましい無意識の束縛」といった
ニュアンスでした。

モラル・ハラスメントの加害者は
相手に罪の意識を持たせることが狙い。
善人の顔しながら相手に
罪の意識を持つように追い込み、
愛の言葉を持ちだして相手を支配します。

それでいて本人は悪気がなく
無意識だったりするので
結構、タチが悪かったりします(苦笑)。

言ってるほうも善人の顔をしてるから
相手も周りもそれに気づきにくい。

例えで書いてあったのは
親が子にするモラル・ハラスメントでの
典型的な言葉は
「あなたさえ幸せなら私はどうでもいい。」

表面は「愛情」 隠された内面は「束縛」
躾とか教育という美徳による支配。

暴力をふるう最悪の親は分かりやすいが、
モラハラをする親は分かりにくい。
こんな感じで書かれていました。

自分に置き換えたとき
学生時代でもいつの時代でも毎日の中で
モヤモヤしたこと、漠然と疑問に感じたような
こんな瞬間が多々ありました。

どうしていいことを言ってくれてるように
思えるのにこの違和感は何だろう?

どうして周りの人は相手だけを正しいと思い
こっちを責めてくるのだろう?

日々の中で感じていた不協和音の正体は
これだったのか?
来月47歳になる今になって
やっと気づいたりしたわけです(笑)。
遅っ。
30年くらい返せ!!!

笑って思えるだけマシなのかも知れません。

こう思うとまだセクハラやパワハラのほうが
憎む相手を特定しやすく
周りにも分かりやすいだけ
マシなのかもしれませんね。

モラハラは、相手が善人に見えるし、
言葉の響きが綺麗な分だけ
誤解して受け取ってしまいます。

「あなたのために」という言葉は
相手の心を縛り、相手を支配するための言葉。

「お前の将来を思えばこそ」という言葉は
相手を束縛することを合理化しているだけ。

正論で叱るとき、もっともらしく見えるが、
相手に当たった場合は、
それは自分の怒りの合理化である。

相手に高圧的になることは、
自分の無能を隠すためである。

読んでて「俺、大丈夫か?」と
ドキドキしてきますが(笑)、
周りの人や家族、友人、何より我が子に
自分はこういった態度でいないか?
本当に自分を客観視できるいい機会でした。

「お前はダメな人間」と言われたら
戦うこともできるが、
「あなたは罪のある人間」と言われたら
戦う気持ちすらなくなる。

本当、言葉ひとつで相手を傷つけてしまう。

ハラスメントといった言葉だけが
世の中を一人歩きして、
こういった本質が隠されないように・・・

真面目に一生懸命生きている人が
報われる世の中でありますように…

娘たちにモラル・ハラスメントをする
親になりませんように・・・

たまにこの本は読み返せるように
「定期的読み返す本 BOX」に入れました。

追伸

モラル・ハラスメントの被害者は
自分よりさらに弱い立場の人を見つければ、
時にモラル・ハラスメントの加害者に変わると
書いてありましたが、

これって高校1年生のときに
ブルーハーツが発表した曲TRAIN-TRAINの歌詞
「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく」
と同じ意味。

先日、働き方改革の今を逆走する重労働に
心も体もすり減った大切な人と話したときに
「なるようになるさ」といい意味で開き直って
もう一度立ち上がろうとしてくれたのですが、

これって中学3年生のときに
ブルーハーツが発表した曲 少年の詩の歌詞
「どうにもならない事なんて
どうにでもなっていい事」と同じ意味。

そう思ったら30年前に
もう教えてもらってんだなって気づいてから
最近は今更ながら
ブルーハーツを聴き直しています(笑)。