悪気がないことが一番の罪。

台風の影響で大規模な洪水被害が
日本中で起きています。
心よりお見舞い申し上げます。

この週末は秋祭りがありました。
今年は夫婦で子ども会役員だったこともあり、
裏方のお手伝いをしていました。

土曜日は警報の兼ね合いで中止も
半日、準備をして
昨日、日曜日は朝5時に集合し、
家に帰ったのは23時でした。
今日も昼前まで片づけをしてて
今、筋肉痛で唸っています(笑)。

準備ではここ1か月くらい
奥さんは平日、毎晩集合して準備。
無事終わってよかったとホッとしてます。

そんな慌ただしいこともあり
今朝まで台風被害の大きさを
ほとんど知りませんでした。
1日も早い復興をお祈りします。

ここ最近ニュースをみて、
神戸市の小学校先生による同僚イジメ事件。
内容を知れば知るほど
本当にアホらしくなる事件です。

イジメを無くしていかないと
いけない立場の先生が
イジメをすること自体、言語道断。
言い訳の余地すらありません。

イジメていた先生が
「悪気がなかった。」といった発言を
しているようですが、
この台詞が実は一番、罪深い。

私は人間として、大人として
「悪気がないことが一番の罪」と
常日頃、思っています。

このイジメていた先生も
「悪気がなかったんだから仕方ない。
だから私は悪くない。」と
言いたかったのでしょうが、
そもそもそれが問題外。

いっそのこと
「悪いことだとは知っていた。」と
言ってくれた方がいいです。
悪いことと気づいていたのなら
まだ直せる可能性もありますから。

いい歳した大人であり、
また教師である立場で
自分がやっていることが
人を傷つけることだと自覚していないのなら
もうそれは救いようがありません。

こんな人としての基本が
やる、やらないとかでなく
できる、できないの観点で
できないことなら
もう先生商売はしてはいけないわけです。

悪いことしてるのに
それが悪いことだと知らなかったという人は、
分かっていたのに
分かっていなかったと嘘をつく人のほうが
実は9割だとも思っていますが、
この場合も嘘つきだから
弁解の余地はありません。

悪気がない人は
無責任な発言や安易な行動で
本当、人を傷つけます。

加害者だったくせに
反論したり、分が悪くなると
とたんに被害者面するのもタチが悪い。

素直にごめんなさいと言えば済むことも
謝ることもなく、
言い訳ばっかりするから本当に疲れます。

こういった人とは 縁を切るか、
妥協して付き合うかの2択と思います。
戦うことももう一つ選択肢にありますが
疲れるし、一層傷つくかもしれません。

今回の被害者の先生は
結果、泣き寝入りすることではなく
ある意味、戦う形になり
大きな改善ができそうですが、

こんな環境ではなく
ごく普通の環境でもう一度、
先生ができたらいいなとも思います。

一般社会でも
多くの実績を上げていることで
横柄な態度の営業マンを叱れない社長や
チームとしてその選手は問題があるのに
その選手がいないと試合に勝てないからと
問題を見ないふりする指導者もいます。

例えそうだとしても
チームである以上、一般社会である以上は
問題ある勤務態度やわがままな発言、
挨拶も敬語もできない空気を乱す人には
勇気をもって叱り、
黙認を許さないようにしないと
周りの人の士気を下げてしまいます。

仕事は実績優先で評価されがちですが、
それ以前に人としての部分を前提にして
まず評価しなければチームメイトは
本当に困り、やる気がなくなります。

ともすれば今回の事件も
やっぱり学校自体に問題があったわけですから、
もう一度、神戸市は見直さないといけませんね。
(たしか政令指定都市の神戸は
単独で教員採用試験を実施しているはず。)

悪気がないことが
本当は大きな罪なんだ事を改めて自覚して
人とはつきあっていかないと
いけないなと思ったそんな秋の日です。

お客様は神様です。

終業式も終わり、娘達は夏休みになりました。
40日ほどの長期休暇でうらやましい限り。
とはいえ親は何かと大変ですが(笑)、
娘達にとって楽しい夏休みになりますように。

先日、ネットで見たのですが、
石垣島のラーメン店が「日本人お断り」
といった貼り紙をして営業されている
ニュースがありました。

マナー違反に困っているお店側の主張も
あったかと思ったら
お店の対応自体も悪かったといった
お客さん側の反論もあり泥試合な展開。

立ち位置によって
お互いの様々な意見もあるでしょうが、

私は「お客さんはもちろんのこと
お店側にも相手を選ぶ権利がある。
嫌なら行かなければいいことで
お店でそれで潰れるのなら仕方ない。」
と思っています。

そもそもの言葉の意味自体が
一般的な認識と違うようですが、

三波春夫さんが言って有名になった言葉
「お客様は神様です」
この言葉の受け手側の勘違いが
話をややこしくさせているような気がします。

本来、ビジネスは売り手と買い手は対等。
買い手は売り手を選べますが、
売り手も買い手を選べます。

買いたくなければ買わなくていいし、
売りたくなければ売らなくていい。

もし、買い手を選んで売れなくなって
商売ができなくなってもそれは覚悟の上。
買い手は嫌なら文句を言うのでなく、
その店に二度と行かなければいい。
ただ、それだけのような気がします。

「お客様は神様です」といった言葉を
都合よく解釈した相手に下僕のごとく
責められてボロボロになったことも
若い頃ありました。
そんな時に知った言葉。

「もし、お客様が本当に神様なら
例えば、こっちがミスしても
許してくれるはず。
なのに、こっちが約束通りしても
なんだかんだ言ってくる人もいる。

だからそんな人たちって
お客様は神様でなく、
お客様は殿様なんだよ。」

そう思ったらなんか心の中が
整理できたような気もしました。

営業は下僕になるのではなく、
あくまで対等で行うものなんだと
自分も殿様になったような気になって
仕事をしたらいいと教えてもらった時から

負け犬状態だった自分を脱却して
少しづつ成果も出せる営業マンに
なっていけた若かりし頃を思い出しました。

その代わり、下僕を望んでくる人からは
嫌われましたけど、心は健康になりました。
何より、いいお客様に可愛がられて
受注も増えていったのも覚えています。

ただ覚悟は、いりました(笑)。
お客様を断るなんていいのかな?
不安でいっぱいでしたが、
やってみて初めて感じること
初めて見える景色がありました。

そして、天然で売れている営業マンって
お客様は誰でもいいのではなく、
お客様を無意識に選り好みしている傾向が
あることにも気づくことができました。
(これが天然でできる人は
営業の天才だと思っています。)

なので、今回の石垣島のラーメン屋さんの話も
お店を生意気だと嫌うお客様がいれば
行かなければいいし、
マナー違反のお客様を嫌うお店ならば
来店をお断りすればいいのです。

それで、お店が儲かるか潰れるかは
誰の責任でもなくお店が選んだ結果。
そもそも10年経って
お店が残る確率は5%なのが厳しい現実。

お店はかなり覚悟をして商売を始めているので
反面、お客様はシビアに相手を選んでもOK
それこそがビジネスの
前提なのではないでしょうか?

店員の態度が悪かったり
店員が未熟でいらだったとしても
偉そうな態度で文句を言ってくる人って
たまにお見掛けしますが
そんな人、みなさん好意を持ちますか?

嫌なら二度と行かなくてもいい以前に
その場で帰ればいいだけのこと。
本当、ただそれだけのような気がします。

そもそも過度なクレームや
横柄な態度をとる人は、
目の前のことに怒っているのではなく、

持っていき場のない人生の怒りの
八つ当たりをしているだけで、
その八つ当たりができる機会を
店員の態度やネットの記事に見つけた時に
スイッチが入っているだけだと思います。

気に入ったら付き合う。
嫌なら断る。
シンプルがいいですね。

そんなかっこいい大人になりたいものです。

芸人の闇営業ニュースを見て思ったこと

関西地方が、ようやく梅雨入りしました。
とたんに雨が続き、蒸し暑いです。

農作物にとって充分な雨が降ったら
1日も早く梅雨明けして、
ほどほどに暑い夏が来て欲しいと
こっそり願っています(笑)。

最近、テレビを賑やかしている
芸人さんの闇営業問題。
こういった問題って中途半端に誤魔化そうと
初手をしくじると本当にダメージが大きい。

関連した芸人さんたちも謹慎となり、
出演していたテレビ番組も降板や
終了しそうな展開になっています。

このニュースに関しては
様々な意見が出ていますが、
個人的にかなり違和感があります。

問題の論点がすり替わっていませんか?

いろいろな意見を聞いていると
直接、お金をもらっていることや
相手が反社会勢力の人であったことを
責められていますが、
そうではなく、
そもそもの問題が
「会社を通さずに仕事を受けたこと」
これに尽きるように思います。

会社に属して仕事をしている以上、
窓口は会社でなければいけないわけで、
直接、仕事を受けた姿勢こそ
問題なのではないでしょうか?

会社とは雇用契約自体なかったからとか
意見もあるようですが、
黙認とは言え、自分たちはその会社に
属していることで今まで仕事してて、
(事務所の先輩後輩とか
言っていた訳ですから・・・)

こういった事件が起きたら
急に立ち位置を都合よく解釈していることが
問題の根っこのような気がしてなりません。

それなら直接こうしていいかを
その時に会社に確認をしたらいいわけです。

仕事量の99%を発注してくれる
メインの取引先に同業業者と付き合うことを
隠してコソコソしてたら
それだけで今後のお付き合いを
再検討されるのが一般社会な気もします。

例えば、会社を通した仕事でも
行ってみたら事前に虚偽があり、
相手が反社会勢力の方々といったことも
絶対ないとは言えません。

でも、相手がそうだったとしても
会社を通じてのことなら
それを受けた会社が責められても
芸人さんが咎められることはないですよね?

そうであれば、やっぱり
最初に相手が誰だったとか
お金を受け取ったとか以前に
会社に相談もせず、会社を通さずに
仕事を受けた姿勢自体に
そもそも今回の問題であったはずです。

そのあたりをうやむやにしていること。
権利は主張するけど
義務は放棄している感じに
どうも違和感があるのです。

とは言え、一般の社会でも
似たような話があります。

組織である以上は
業者からリベートを個人的にもらうこと、
会社を通さずに仕事を受けること、
勝手にルールを都合よく変えることは
一発退場くらいの処罰でないといけません。

疑わしいのに黙認すること。
実際起きたことがわかっても
うやむやにして許してしまうこと。

こういった前例ができてしまうと
以後、同じようなことが起きても
もう止めれることもなくなります。

逆に、前は何も言わなかったのに
どうして今回から言うのか?みたいな
自分のことは棚にあげた逆キレや
あの人だけどうして許されるんだ?といった
スタッフたちの不満がでてきて
組織の信頼感がガタガタになります。

やっぱり、子育てのように
いけないことはいけない。
いけないことに理由なんてない姿勢で
即答で言い切れなかったら、
結果的に間違った相手を
許せる機会すらなくなってしまいます。

それこそ誰しも望まない結果では
ないのでしょうか?

今回の件も、初手で間違って
嘘をついたことが全て。
関係者の怒りもほとんどが
会社通さずコソコソしたこと、
そして嘘をついたことが
理由だったように思います。

謝罪や復活の機会すら与えないことが
みんなが望んだわけではなかったはず。

好きな芸人さんもいたので残念ですが、
今後どうなるかはわかりません。

仕方ないようにも思いますが、
再起のチャンスもあればと思います。
でも、それにはもう誤魔化さないで
正直に事実を言って
きちんと謝れないと始まりません。

それで周りがどう受け取るかはわかりませんが、
そうしないと始まらないですから。

正直に言った上で謝罪しないと
なかなか受け入れられないのは
一般社会も同じですので、
自分たちにも置き換えて考えてみる機会に
したいと思います。

追伸

そんなこと言いつつも、芸人さんって
我々と違って特殊な世界だったりします。
そもそもの話、芸人さんって
どんな存在かっていう話を
昔、上岡龍太郎さんが言ってたことがあります。

この映像を見ると上岡さんの話に
納得してしまう部分もありますが(苦笑)、

時代が変わり、考え方も変わってきたのなら
改めて自分の立ち位置も
再確認する必要があるのが、
今の時代の価値観とも思うのです。

価値感が変わるとき

イチロー選手が引退を発表されました。
本音を言えば、最後は日本に
帰ってきて欲しかった気もしますが、
本当にお疲れ様ででした。

1994年に颯爽と現れて
野球ファンでなくとも魅せられました。
まぁ私は当時、野球大好きだったので
目が離せませんでしたが(笑)。

210本安打を打ったシーズン、
まだ世間がそこまで騒いでなかった頃
姫路球場であった公式戦観に行って
イチロー選手を初めて見ました。

華奢な選手だなと思いつつ観戦、
確か4安打して「なんじゃこの選手?」と
思ったことがありました。
今となっては、貴重な機会でしたね。

ちなみに大学4年だった1995年
日本シリーズのチケットを徹夜で並んで購入。
第6戦目神戸グリーンスタジアム戦を手にするも
4勝1敗でヤクルトが勝ち、払い戻し。
今となってはいい思い出です(笑)。

そんなイチロー選手のことは
今更ここで私が語らなくとも
皆さんご存知なことが多いでしょうが、
強いて語るとすれば、
イチロー選手が出てきたときから
ずっとスゴイなと思っていたことが
私にも2つあります。

通算案打数やタイトル歴などの
数字、実績はもちろんですが、
なんといっても私はイチロー選手が
価値感を変えたことがスゴイと思っています。

1つ目は、なんといっても
打率ではなく安打数にこだわる姿勢。

それまではそんなこと考えていた人、
プロならさておき素人なんて
誰もが考えていなかったと思います。

それまでの価値観は
あくまで打率であり、本塁打数でした。

当時は130試合制。
130試合なら規定打席は、
所属球団試合数×3.1なので403打席。

打率3割を一流とするなら
121本安打すればOKなわけで、
概ね年間135本~150本も打てば
打率で換算してもその安打数は
首位打者クラスの数字となります。

打率で争うから敬遠合戦なんかもあり
なんか見てて釈然としないこともありました。

そこまでしても獲る価値が
タイトルにはあるといった
落合さんのような考えもありますが、
それは個々の価値感。

なんか正々堂々としないあたりに
嫌な感じがしたのも当時は
年齢も若い分だけ結構ありました。

そこにきてイチロー選手は
安打数にこだわりました。

そういわれたら1年を通して
首位打者は獲得しても
年間安打数が140本の選手と
年間安打数が210本の選手は
どっちが貢献度が高いかと言われたら
後者ですよね。

今となっては安打数もタイトルになった時代。
安打数もこだわる選手が増えましたが、
あの頃はあくまで打率主義。

そう思ったら20歳の若者が
それまでの価値感をひっくり返したわけで
その着眼点というかポイントと言うか
本当にスゴイなと思うわけです。

2つ目は、
この近代野球の時代においては
守備においても捕手~二遊間~中堅手の
センターラインはもちろんとしても
いかにして進塁させないかといった面でも
いかにライトのポジションの重要性が
高いかはわかる話ですが、

当時はレフトとライトの守備は
重要視されていませんでしたし、
草野球においては、
めったに球が飛んでこないライトは
一番、下手っぴが守るポジション。

ライパチなんて言葉もありました(笑)。

そんな誰もがやりたくないライトが
イチロー選手の登場後は憧れのポジションに。

守備範囲、俊足、強肩。
全て兼ね添えた身体能力の高い選手こそが
守るポジションに変わっていきました。

これも一例でしょうが、
「打率より安打数」と「ライトの重要性」

この2点を素人にでもわかる形で
価値感を変えてくれたことが
イチロー選手を見てて、
本当スゴイなと思ったことです。

カリスマとかスーパースターの登場とは、
それまでの考え方を根底からひっくり返し
新しい価値感を気づかせてくれることだと
私は思います。

長嶋茂雄さんしかり、
アントニオ猪木さんしかり、
志村けんさんしかり・・・。
(ちなみにこの3人、誕生日が一緒・・・)


(ちなみにこの人も同じ2月20日生まれ)

私が以前いた住宅業界も
営業マンの評価は棟数主義でしたが、
今は粗利獲得額に変わってきたように思います。

ネットでの評価を見たらよくわかりますが、
飲食業界も
お医者さんも
味さえよければいい、
腕さえよければいいから
お店の空気感や
相手を労える言葉がけなどのウエイトが
大きくなってきているように思います。
(もちろん技術はあった前提ですけど)

どんな業界もカリスマの登場などの
きっかけだけでなく、
日々、価値感は変わっているわけで
その変化には対応できないと
続けていくのは難しいわけです。

聞いた話では、
何百年と続いている和菓子の老舗でも
味は変わらないものではなく、
実は味は少しづつ時代の好みに合せて
変わっているのだそうです。

今までの成功例に固執して
頑なにやり方を変えない人が
実はその組織においてとても問題児なのは
岡目八目、いつも感じます。

自分自身もそうならないように
戒めて行動したいと思います。

例えば、もうすぐ始まる「働き方改革」
これも今までの古い人間の考えからすれば
私も含めて、なかなか
納得のいくものでもない部分も多々あります。
それをどういった形で
受け取り変えていくのか
これからの価値感にどう寄り添うのか
企業にとっても大きな区切りと思います。

これからの価値観が
若者がチャレンジすることから逃げる
言い訳に利用されるのではなく、
若者が正しくチャレンジできるチャンスに
利用できるものになるようになるように
我々も正しく運営することが大事。

今、思えばパワハラなんてものは
無いほうがいいに決まっています。

これまでもアメとムチを
上手に使い分けてくれたら
まだ耐えれる部分もありましたが、
アメはなくてムチだけでは、
心は磨り減っていくのも事実なわけです。

そんな甘いアメもこれからは
そんなに作れないでしょうから
やっぱり価値観の変化には対応したいですね。

そんな価値感の変化の大切さに
気づかせてくれるきっかけをくれたのが
野球界ではイチロー選手でした。

そんな大きなことでなくてもいいので
私達もそんなきっかけに
気づいていきたいです。

そんな瞬間をきっかけだと
ちゃんと気づけるのも
日々、安定した毎日を過ごしていけないと
目の前に現れても気づくことができません。

となったら今の時代、
働き方改革といった価値感の変化は
やっぱり大切な取り組みだと思うのです。

愛の反対は無関心

今日は、長女の10歳の誕生日です。
元気に大きくなってくれました。
最近は生意気も言ってきますが、
あいかわらず何をしても可愛いです(笑)。

誕生日プレゼントは「ベッド」になりました。
今日から一人、部屋で寝るようです(笑)。
頑張れ!
父ちゃんはちょっと寂しいですけど・・・。

何をしても娘は可愛いものですが、
最近、テレビを思うことがあります。

正式な名称をなんて言ったらわかりませんが、
いろいろな企業でお勤めの社員さんや
アルバイトの人のバカ動画投稿。

いろんな人がいろんな立場から
意見を言われていますが、
見てて「ほっておけばいいのに」と
思っていたりします。

「そんなバカに言っても仕方ない。」
という人もいれば、
「厳しく取り締まればいい。」という人、
中には、
「こんなことをいちいち刑事事件にしては
その会社に誰も入りたくなくなる。」といった
予想外の上から目線の意見もあって
ちょっと驚いたのも事実です(笑)。

ちなみにこの「こんなことを~」には
私なりにも意見があって、
こうやって迷惑かける人もいれば、
もちろん真面目に働いてくれている
社員さんもかなりいるわけです。

こんな迷惑社員をほっておくと
真面目に働いている人から見たら
「なんであいつらをのさばらせるんだ?」と
快く思わないことが多くでてきます。
結果、この手のスルーは組織において
全然いいことないように思います。

いいことはいい。悪いことは悪い。
小学校でもわかるような規律を保たないと
こんな「特例」が最も空気を
悪くしかねないことを
大きな器で受け止めろ的意見は、危険。

これから入ってくる人ばかり見て、
今、頑張ってくれてる人を
軽視してしまってることが本当、要注意。
そう思います。

で、バカ動画投稿(スゴイ表現ですね)には、
もう「相手にしない」ことがいいと思うのは、
そもそもこういったことする人は
相手にして欲しいからしているわけで
全く相手にしなければ
やがて辞めていくのではないでしょうか?

もちろん、処罰はあって当然と思います。
こういった行為を管理者能力うんぬんで
企業側に問うこともですが、
解雇することで片付くことでもありません。
実際、行なった人に
それなりの処罰はなければ
抑止力にもならないでしょうね。

要は、マスコミなどは
一切騒がずに無視して報道せずに
水面下で責任は問えばいいように思います。

そう思うのは
マザーテレサがいったとされる有名な言葉
「愛の反対は憎しみでなく、無関心」
この言葉通りと思うからです。

学生時代に、いませんでしたか?

注意されても授業中に騒ぐ同級生が。
先生に怒られても素行不良の同級生が。
怒られても怒られても
全然変わらず、迷惑をかける同級生が。

大人になってもいますよね?

何度言っても締め切りを守らない人が。
注意しても全然直す気の無い人が。

なんでこんなことがわからないだろう?と
いつも疑問に思っていましたが、

こういった行動は、

人はいつも相手には見ていて欲しい。
構ってほしい。
だから反発をしても気にかけ続けて欲しい。

でも、反発し続けたり、反論し続けたら
どこかで相手に諦められて
相手にしてもらえなくなる。

そうなったら今度は
悪いことしてでも、怒られてでも
相手にしてもらいたいから
そういった行動をするようになる。

そういったものらしいです。

でも、こんな話を10年以上前に
初めて聞いたとき妙に納得しました。
そんなものかもしれないなと。

とすれば、確かに人としては
いい行いのではないのかもしれませんが、
悪い行為は「無関心」でいれば
いつかは収まることも多いように思っています。

冒頭の話に戻ります。
我が子であれば、
どれほど言うこと聞かなくても
どれほど悪いことはしても
親は見捨てることもなく
無条件で構い続けることもできます。

大人になってからも
どんな人にでも我が子と同じように
無条件で構えるような立派な人が
理想なのでしょうが、
そんな聖人君子ばかりでもありません。

となるとこういった行為が
いかにかっこ悪いかということを伝えて
後は構わないというスタンスも
冷たいようですが、必要だと思います。

ルール違反をし続けても
いつまでも見捨てられないことを望み、
また、いつまでも許されるんだと
学習させることも
その人にとっていい事じゃないですから。

無関心な姿勢を推奨できませんが、
相手から関心を持ってもらえるように
生きる努力をすることを
怠っていいわけもありませんので。

とはいえ、こういった無条件な愛情は
子どもの頃に、たっぷり
与えてもらえないといけないのは事実。
それが親からでも、祖父母からでも
先生からでも誰でもいいので、
大人から与えてもらえていないといけません。

子どもの頃に貰い足りない人ほど
大人になってからも求めるものだと思います。

なので、娘たちには
たっぷりと与えてあげたいと思っています。
最近、ウザがられてきました(苦笑)。

この愛情が娘達にとって
「愛している」でなく
「甘やかしてる」にならないように。

もし、私が娘達と接しているのを見てて
甘やかしてるように見えたら
いつでも注意してくださいね(笑)!
修正します!

365日のうち、
誕生日の1日のプレゼントはベッドですが、
364日のプレゼントは
「愛情」でありたいと思います。

智美、10歳おめでとう!
今晩は、唐揚げを大量に作るね(笑)♪

言い放たれた言葉は消えない。

2月になりました。
1月が、あっという間に終わった感じです。

こうして1年がすぐに終わっていき、
また一つ歳をとっていくのでしょうね(笑)。

先日、報道された明石市市長の暴言騒動。
もちろんこの市長の発言は
許されるべきものではないですが、
一部だけを切り取って報道されていることや
2年前?のことなのに、
市長選挙の直前に騒ぐあたりにも
別の悪意が見え隠れして
なんか見てて釈然としなかったりします。

とはいえ、この市長の発言もかなりのもの。
辞職されましたが、これは仕方ないですね。

このニュースを見てたとき
ちょうど読んでた本に書いてあった話と
内容がよく似ていたので、
その話を書きたいと思います。

先月は、本を10冊ほど読みました。

本屋で見かけて面白そうだなと手にした本。
気軽に読めそうなので
ちょっとした時間つぶしに読もうと
「アフリカのことわざ」って買っていました。

その中にこんな
アフリカのことわざがありました。

「口論はやがて終わるけれど、
言い放たれた言葉は消えない。」

今回の明石市市長の話が
まさにこの通りと思います。

口にした言葉が武器となり相手を傷つけ
それはもう取り返しがつかない。

相手に敬意があれば
話し言葉一つにも注意を払い、
相手に伝えようとするわけですから
立場が変わるほどに、
より丁寧さが必要になります。

自分自身にも戒めて気をつけたい話です。

でも、こういった ことわざ って
「言いえて妙!」ってやつが
たくさんありますよね。

他にも面白い
アフリカのことわざ があったので、
いくつかご紹介させて頂きます。

「人はヤシ酒のよう。
若いときは甘いけれど強さに欠け、
成熟すれば強いけれど、どきつい。」

「あなたを苦しめる煙は、
あなたがこしらえた焚き火によるものだ。」

「シマウマを追っても
必ず捕まえられるわけではないけれど、
捕まえた者は追っていた者。」

「ゾウたちが戦えば、苦しむのは草たち。」

「船長だからといって
船員であることを忘れるな。」

「おしゃべりでみっともないことが3つある。
ここぞというときの前に言う、
言うべきときに言わない、
あとになってから言う。」

「ラクダは重い荷物には耐えられるが、
縛り方の悪いロープには耐えられない。」

などなど。

読んでて胸にグサッ!と
刺さる ことわざ も多いですね(笑)。

もし、他にも知りたかったり、
ご紹介した ことわざ の意味を深く
知りたい方は是非、購入して
読んでみてください(笑)。

「満月の夕」

1995年1月17日。
あの日から今日で24年経ちました。
24年前、私はまだ大学生でした。
随分、昔の話になりました。

日々、健康で安全、平和な毎日が
当たり前だと思わずに
体調に気をつけて、
周りの人への感謝の気持ちを忘れずに
毎日を一生懸命生きたいと思います。

娘がまだ1歳にもならなかった頃、
私が毎日お風呂に入れていました。

小さな我が子を恐々抱きつつ
湯船につかっているとき毎晩、
「産まれて来てくれてありがとう」って
言ってたこと思い出しました。

大きくなってきたこともあり、
言う回数が減ってきたかな(自問自答中)。

今、出張中ですが姫路に帰ったら
娘にちゃんと言おうと思います。
もちろん、奥さんにも
「ありがとう。」って言いたいと思います。

そんなこと思った朝でした。

改めて、阪神大震災で
犠牲となられた方々の
ご冥福をお祈りいたしますとともに
ご遺族の皆様方に
心よりお悔やみ申し上げます。

プライド

10月姫路はお祭りのシーズンです。
様々な地域で賑やかに行なわれています。

大人も子どももケガが無いように
気をつけてくださいね。

先日のテレビでのこと。
昔のスーパースターだった人が
ライブで観客が集まらなかった理由で
直前になって中止した話がありました。

まぁ、自分の行いは、
全て自分に降りかかってくるので
自己責任といえばそこまでですが、
ちょっと大人げないと言うか
大人としてカッコ悪いなと
個人的には思いました。

「各々の生き様を他人が
どうこういうものではない」みたいな
意見もあるでしょうが、
他人様に迷惑をかけてまでいいものかは
その人の良識が問われるわけです。

そもそも評価や値打ちは
自分で決めるものではなく、
他人が決めるものですから
あんまり自分の意思を押し通すのも
どうなんでしょうか?

それで見捨てられたり
見限られたりしては
元も子もないように思います。

一般的にはこういった話は
プライドが許さないからなのでしょうが、
そもそもプライドって何なんでしょうか?

プライドという言葉は
辞書(デジタル大辞泉)によると
誇り、絶対譲れないもの、自尊心、自負心
とあります。

(自尊心とは、
「自分の人格を大切にする気持ち、
自分の思想や言動などに自信を持ち、
他からの干渉を排除する態度」
自負心とは、
「自分の才能や仕事について自信を持ち、
誇りに思う心」という意味)

自分の考えを曲げないといった意味合いで
一般的には使われていますが、
これって言い方を変えたら
「やりたくないからやらない。」と
言ってるように思います。

プライベートや遊びならいいですが、
仕事だったり、
常識、ルールといった面でみたら
「やりたくないからやらない」なんて
許されるわけもなく、
ましてやチームや会社といった組織では
トラブルにしかなりません。

「やりたい、やりたくない」のレベルで
やりたくないから やらないのが
プライドなのではなく、
「やりたくなくても
やりきらねばならない事を最後まで
やりぬくこと」がプライドだと思うのです。


(こういう考え方もありますが、
これは「やらなくてもいいのに
やりたくないことはやらない」という事で、
「やりたくはないけれど
やらなくてはならないことはやる」事と
都合よく混同してはややこしくなります。)

チームの和を乱す人は
「やりたい。やりたくない」で勝手に
ルールを変える人です。
そもそも事情が変わり
ルール変えたいのならそれはきちんと
対話をもって正式に変えないといけません。

スーパースターだった人には
何をしても許してくれる
熱狂的な支持者がいるでしょう。
でも、もう見限ってしまうファンも
たくさんいるわけです。

全ては自己責任ですが、
意地だ、プライドだというのなら
集まってくれた7000人ものファンに
やれる限り、約束をやり抜いてから
「今の自分にはこんな大きい会場で
やり切れる力は不足していた。」と
言ってくれたらカッコよかったのになと
思ったりするわけです。

現実を受け入れること や
きちんと謝れることこそが
本当はプライドが高いことなんだと
みんなが思えたら
チームや会社で起きるイザコザって
8割は無くなるのではないでしょうか?

私の好きな歌の歌詞に
「中途半端な正義感が話をややこしくする。」
というのがありますが、
「中途半端なプライドの高さが
話をややこしくする。」と言い換えても
いいかもしれませんね(笑)。

なので、毎日の生活の中で
「事実をきちんと受け入れる」
「キレイに謝れることができる」
そんな奥さんのことを
私は心から尊敬しています。

偉そうに言っても私はまだ未熟者。
まだまだ試練の毎日です・・・・・。

「報告」の原則

朝晩、過ごしやすくなってきましたが
日中は暑かったり、涼しかったりと
体調を崩しがちです。
みなさん、気をつけてくださいね。

先日、某タレントさんの飲酒ひき逃げ事件の
映像が報道されました。
あれでよく死亡事故に
ならなかったなと驚きましたが、
それ以上に事件後の周りの人の無関心な
様子もなかなかの衝撃でした。

車線すら守られずに運転していたこと。
渋滞していたから停車できなかったと
言っていたけど、道は空いていたこと。
通りがかりの男性が追いかけて
停車を促したのに無視して走り去ったこと。

飲酒量も明らかに
嘘をついていたみたいですし、
あれではフォローのしようもありません。

飲酒運転もひき逃げも
もちろん、ダメなことですが
一番ダメなのは嘘をついて
ごまかそうとしたことですね。

仕事でもそうです。
いけないことですが、
どれだけ注意をしてもミスをしたり、
忘れたりしてしまうことはあります。

でも、そのミスを隠そうとしたり、
誤魔化そうとしたりすることが
なにより問題で、
昔、新人教育、部下教育で
一番叱っていたように思います。

10数年前に受講したとある研修で
学んだことをこういったときに
いつも思い出します。

それは「報告」の原則 といいます。

「報告」の原則
①自分の失敗したこと、叱られたこと、
都合の悪いことなどを隠さず、嘘なく、
ありのまま言え。
特に、クレームは最優先して報告すること。

②自分の勝手な判断だけで
「報告する」「報告しない」を決めるな。
全て報告せよ。

組織を円滑に運営していくためには
これは本当に大事ではないでしょうか?

ミスを隠して、
何とか自分で解決しようとして
長いこと時間がかかった結果、
自分ではどうもできなくなってから
何とかしてくださいと言ってくる部下が
実は一番困った部下だったと記憶があります。

すぐに言ってくれれば
対処もあったのですが、
こじれるだけこじれたバトンを渡されても
それをひっくり返すような
サヨナラホームランはそうそう
打てるものではありません。

いつも言ってますが
物事は全て「はじめが肝心」です。

それにはすぐに、そして全てを
きちんと報告してくれないと
上司や社長がベテランで
いろんな経験を積んだきたとしても
冷静な判断ができるわけは
そうそうないわけです。

この某タレントさんも
誤魔化そうとせず、
逃げ出そうとせず、
そして嘘をつかなければ
フォローしてくれる人もいたかもしれません。

飲酒運転自体がもちろんダメなのですが、
それ以降の行動こそ
救いようがないように感じました。

偉そうに言いましたが、
今回の事件を見て、自分自身も改めて
戒める機会にしたいと思います。

補足ですが、仕事の話で言えば
こういった考えの先には
「クレームなどは社長のところまで
いく仕組みにしておくこと。」
にきちんと取り組んでおくことが
重要となります。

そして会社という組織である以上
「情報は公開せよ。私物化するな。」
といった考えも社員みんなで
共有しておきたいですね。

しかし、参加したこの研修で学んだことは
今でも多く役立っています。
そうした機会にめぐり合えたことも
感謝したいと思います。

日々、取り組んでおきたいこと(第Ⅱ領域)

9月になったと思ったら、
台風21号、そして北海道での大地震。
この夏は岡山、広島での
大きな水害もありました。
自然災害により大きな被害がでています。

被災された皆様に
心よりお見舞い申し上げます。

こうした災害が起きたとき、
「事前にわからなかったのか?」
「準備不足だったのではないか?」
いろいろな意見を言われますが、
それは結果論でしかないと思います。

事前に分かってたのなら
可能な限りでそれなりの対処は
されていたはずで
得意気に評論家になるのは
あまりいい気がしません。

「だったら、アンタこそ
早く事前にいってやれよ!」って
皮肉も言いたくなります。

まずはこれからの最善策を早急に検討し、
実施する決断できるように
協力しあえたらと願っています。

北海道の地震も季節が真冬であれば
もっと深刻だったわけで、
そう思うだけでゾッとします。

関空の被害も
もっと早めのアナウンスは
日本人、外国人にしてあげたら・・とか
なんらかの対処はすぐできないの?とか
思いましたが、

停電で信号すら機能しなくなり
道路は大渋滞だったことも思えば
仕方なかったとも思いますし、

関空の社長が言われてましたが、
何より死者は出さないことを
最優先にした判断などは
もっと評価されるべきとも思いました。

何よりこの緊急事態で
誰もが納得する早急な決断は難しいわけで
それよりもこれからどう取り組むのかが
とても大事だと思います。

仕事でも同じですよね。
早めにに対策を立てることや
変化していくことが大事とわかっていても
ただめんどくさいから
後回しにしてしまうことが多々あります。

「事前に準備をして臨むこと」

言われたら誰もがその通りと思うことを
どれだけ今、取り組めているのか?

コヴィー博士が言う
「第Ⅱ領域」の考え方。

今さらながら本当に大事なんだなと
改めて思う次第です。

※「第Ⅱ領域」とは
「緊急ではないけど重要なこと」です。
ここでは「その第Ⅱ領域内のことに
どれだけ日々取り組んでおけるか?」
といった考え方を言います。

例えば、特定の業者さん1社と
付き合ったほうが無理も利くし、
何かと便利ですけど、
もし何かがあったら、
全てストップしてしまいます。

なので、2社以上のおつきあいを
日頃からしていないといけないのですが、
いろんな含みもあり、
1社とだけ深く付き合っているケースは
かなり多いように感じます。

今回のケースでいえば
関空への交通手段にそれがでましたよね。

神戸空港からの船という
ルートもありますが、大阪方面からは
車であれ、電車であれ
1本の橋に頼るしかなかったわけです。

その橋が今回のような
タンカーとの接触という予想外の
イレギュラーな事故だったとしても
起こってしまうと
どうもできなくなってしまうわけです。

「万が一に備えて、
どんな対策をしておくのか?」

改めて、考えさせられました。

事故や失敗は仕方ないけど、
それを踏まえて今後どう準備して
臨んでおくのか?

社員教育でも人間教育でも
大事なことの一つだと思います。

募金や支援活動といった協力をしつつ
今一度、自分自身に置き換えて
考え直してみることも大事ですね。

とはいえ、まずは
水や食料はもちろんのこと、
オムツや粉ミルク、衛生用品なども
被災されたみなさんの基にいち早く
届くことを心より祈念申し上げます。