50年前の奇跡

今回は、完全に趣味の世界です(笑)。

以前にもチラッと書きましたが、
2019年中にちゃんと記事を
書きたいと思っていたら
もう終わりそうなので記事にします。
滑り込みセーフですね。

様々なジャンルで節目になる年ってあります。
洋楽の世界においては、
ちょうど50年前にあたる
1969年が大きな節目だったと思います。

ウッドストックが開催されたり、
ストーンズを作ったブライアンジョーンズの死
なども事件もあるのですが、

何と言っても1969年は名盤と
呼ばれるアルバムが
数多く発表された一年です。

ビートルズのラストアルバム
「アビー・ロード」

ストーンズ最高傑作の一つ
「レット・イット・ブリード」

キング・クリムゾンのデビュー作
「クリムゾン・キングの宮殿」

これまたレッドツェッペリンのデビュー作
「レッド・ツェッペリン」

クリームのラストアルバム
「グッドバイ・クリーム」

あげていくとキリがないのです。
他にもザ・フーの最高傑作「トミー」や
クリーム解散後、クラプトンが結成した
ブラインド・フェイスの唯一のアルバム。

ツェッペリンは1stに続き2edも発表し、
ザ・バンドもCCRも名盤を作っています。

もう凄すぎて、一人で熱くなってます(笑)。

そして、何に驚くかと言ったら
これらの名盤は50年経った今、聴いても
全く色褪せることなく、
古臭くすら感じられないことです。

ファッション等は、
流行り物は1周回ってお洒落ってことも
時としてありますが、
50年間ずっとオシャレってなかなかないです。

ジーンズですらマイナーチェンジを
繰り返していて、ずっと同じって感じは
リーバイス501くらい?
(あんまりオシャレには詳しくないので
厳しいツッコミは遠慮します(笑)。)

何故こんなに50年経っても古臭くなく、
いつまでもカッコいいのかは、
これらの音楽が、現在の音楽の音や在り方の
原点になったからのような気がしてなりません。

ツェッペリンの登場でロックン・ロールが
ロックの方向へ加速し、ハード・ロックへと
向かっていきました。

キングクリムゾンがプログレシブ・ロックの
礎を築いていきました。

1967年発表されたビートルズの
「サージェント・ペッパーズ~」から
始まったコンセプトアルバムの定義を
ザ・フーがより明確にしました。

ザ・バンドがカントリーをより一層、
ロック寄りへ深めていきました。

そして、
ビートルズが楽曲の素晴らしさと共に
絶頂期で終わるカッコよさを教えてくれ、

ストーンズは黒人音楽の素晴らしさと共に
絶頂期からまだ50年続けることの
カッコよさを教えてくれました。


(「ロックするのは簡単だ。
でもロールし続けるのが難しい。」
キースのこの言葉は名言と思います。

ボクシングの
「チャンピョンになる事より
防衛する方が難しい」にも似てますね。)

こうして、今に続くルーツの原点が
この1969年、50年前のこの年に
多く存在したわけです。

この50年は音楽に限らず
どんな世界でも技術や価値観、手法が
どんどん新しく生まれていき
成長したしていったと思います。

反面、新しく変わっていく多くの中で
決して変わってはいけないものも
改めて再確認されていったのも事実。

技術や知識は新しいもののほうがいいのは
言うまでもありません。
実際、新しいものを明確にしていった人が
その世界の第一線にいて
ポジションを築き上げられています。

でも、変わってはいけないものまで
変えてしまってたら、
そのまま居続けることはなく、
5年も経ったら消え去っています。

まさに、ロールし続けるのが難しい話と同じ。

個人的に変わってはいけないものは
何かは思い当たるものはあります。
ただ、言葉で言ってしまうと
陳腐に聞こえそうな気がしますので、
言うことは控えておきます(笑)。

ただ、変わっていけないものが何なのかを
自分でしっかり持っている人の中で、

一層、新しい技術や手法を活かせている人か
不変の考えを更に深堀りできている人が、
いつまでも第一線に
立っているのではないでしょうか?

50年経っても色褪せない名曲を聴いてると
偉そうにそんなことを感じる今日この頃です。
何様だ、俺は(笑)。

ちなみに私は1972年生まれ。
産まれる3年前の1969年の時代の空気を
肌で感じてみたかったですね。
死ぬまでにドラえもんに出逢えたら
タイムマシンで連れて行ってもらいたいです。

「暴れだす」

先日、東京に行った際、
無理矢理に時間を作って、
篠山紀信さんの写真展に行ってきました。

ジョンレノンのラストアルバム
ダブルファンタジーのジャケット写真が
目的で行ったのですが、
迫力ある写真の数々に圧倒されました。

ジョンレノンの写真だけ撮影可だったので
もちろん写真を撮りました。
貴重な体験でした。

こういう展開ならここで
ジョンレノンの話になるのでしょうが、
なぜか今回はウルフルズの話です(笑)。

洋楽邦楽問わず比較的古い音楽が好きで
今、車で聴いているアルバムは
50年前の音だったりするのですが(笑)、
大学生くらいからずっとウルフルズは好きです。

(1969年発表のアルバム。最高!)

と言ってもウルフルズも
25年くらい聴いてますが・・・(笑)。

トータス松本さんが書く詞は
本当に素敵な言霊満載で、
たくさん名曲があるのですが、
その中でも今日は「暴れだす」という
曲のお話をしたいと思います。

青春時代の悩める時代に
ドンピシャ(死語)な歌詞ですが、
おっさんになって聴いても
これがまた胸に刺さります(笑)。

油断して一人で聴いてたら
ちょっと泣きそうになります。

ちなみに歌詞はこんな感じです。

「暴れだす」

ああ 神様オレは何様ですか
どうしていつも まちがえるのですか
悩みはたえず オトナになれず
眠れぬ夜を今夜もまた
ああ 笑ってごまかす 声もむなしく
飛び出すこともできないままに

ああ 胸が
暴れだす 暴れだす
誰かそばにいて

ああ あのコはなぜ笑っているのか
あきれるほどのオレのダメさに
イヤな顔もせず知らん顔もせず
少ない言葉ではげましてくれる
「泣いたりしたら苦しくなるよ」
わかっているけど止まらないのさ

ああ 胸が
暴れだす 暴れだす
どうかそばにいて

もしもあの時
もっと心に余裕があればなあ
今までこんなに
人を悲しませずにすんだなあ
人のために出来ることはあっても
人のために生きることができない

ああ 神様
オレはこれでいいですか
本当に何もわからないままで
オトナになってやることやって
ケガの数だけ小さくなって

ああ 胸が
暴れだす 暴れだす
誰かそばにいて

ああ胸が
暴れだす 暴れだす
どうかそばにいて

(詞/曲 トータス松本)

 

ちょうどこの曲がでた時期に
体調を崩していたこともあり、
ウルフルズの曲には励まされていたので
この曲には時期的にも
かなり思い入れがあります。

当時、独身だった私。

2番の歌詞に出てくる
あのコ みたいな女性に
出逢えたらいいなとよく思ってました。

この曲が発売されたのは14年前。
あれから随分いろんなことがありました。

何とか私も元気に過ごしていて
結婚して2人の娘も授かりました。
さっき娘2人は、おやすみと言って
2階に上がっていきました。

娘が寝た後、私はウルフルズを聴いてます。

「あぁ!私も『暴れだす』は大好きやで。
あの頃のトータスの書く曲は
全曲めちゃくちゃよかった!

・・・・でも、眠いから先に寝るわ。」

ガハハハハハ(笑)。

そう言って2階へ上がっていった
あのコと出逢って12年経った森下です。

手のひらを太陽に

夏休みも今日入れて後2日。

娘たちは宿題もずいぶん前に終わり
悠々と過ごしています。
私が子どもの頃は31日最終日なんて
1日15時間くらい宿題してました(笑)。
娘達を見て偉いなと尊敬しています。

しかし、今年の8月は本当に忙しかった。
毎年、PTAの行事もあるのですが、
今年は子どもの役員も重なりました。

お盆前もお盆後も子ども会の
夏祭りがあったと思ったら
その準備や設営の合間に
秋祭りの打ち合わせが入ったりして
夏なんだか秋なんだかわからない状態(笑)。

この8月は仕事と夏祭りと秋祭りが
ごちゃまぜでした。
後は秋祭り。未知の世界へ突入です。
頑張ります。

精一杯、言い訳した後で一言。
そんな訳で久々のブログ更新になりました♪

そんな慌ただしい中ですが、
前回ブログを書いてからも
いろんなことがありました。

社会人新人時代にお世話になった元上司と
10数年ぶりにお会いしたり、
以前、お世話になった遠方の方が
わざわざ姫路に来られたりとして
昔話に花が咲きつついろんなお話をしました

昔の旧友と会って馬鹿話をしたり、
奥さんともじっくり話し込んだりもしました。

人の数だけ様々な人生があり、
各自、本当にいろんなことがあるんだなと
改めて実感しました。

そんなこと思っていたら
ふとした機会で「手のひらを太陽に」の
歌詞を読むことがあり、
今まで何って思ったことなかったですが、
この歌詞って実は、かなりいい事を
書いているんだなって気づかされました。

作詞は、やなせたかし さん。
アンパンマンのマーチの詞も書かれていますが
これもまた本当にいい歌詞なんですよね。

童謡とかって結構みなさん
内容はスルーされたりしていますが、
よく読んでみると何とも言えない
すばらしい言葉が
散りばめられていることが多いです。

「ぼくらはみんな生きている
生きているから悲しんだ」なんてフレーズ。
人生のコクが凝縮されています(笑)。

詞をじっくり読んでから
曲をじっくり聴くと
本当いい曲だなと気づかされます。

子どもたちは2学期が始まります。
子どもたちは1年に何度か節目があり
切り替えたり、反省したりと
そんな機会がたくさんあります。
節目の2学期のスタートをを最初から
元気いっぱいに過ごしてほしいですね。

我々、大人も
いい事も悪い事も受け入れて
天気も涼しくなってきたことだし、
9月からも頑張っていきましょう!

「手のひらを太陽に」を唄いながら・・・・。

「手のひらを太陽に」

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ

手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮

ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ

手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮

トンボだって カエルだって
ミツバチだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

ぼくらはみんな 生きている
生きているから おどるんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 愛するんだ

手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮

スズメだって イナゴだって
カゲロウだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

「それが答えだ!」

昨日は、私の47歳の誕生日でした。
お盆の忙しい中に生を授かり、
産まれた時から慌ただしい人生です。

今年は、大型台風直撃なので
家でゆっくりしています。
皆様、台風には気を付けてください。

昨日はFBやLINE、メールで
多くの方からお祝いのコメントを頂きました。
ありがとうございます。
47歳の1年もますます張りきって
元気に笑顔で生きたいと思います。

昨日の晩御飯は、家族みんなから
父ちゃんの好きなご飯でいいよ♪と
言ってもらったので、
モツ鍋にすることになりました。
スーパーに夫婦で買い物に行きましたが、
モツ鍋は自分で作りました(笑)。

ただ、誕生日だったので
洗い物は奥さんがしてくました。優しいー!
47歳の1年も亭主関白全開!の予定です。

このお盆は台風の関係で近場でしたが
予定していた娘たちとの海水浴も中止して、
外出は控えて家にいます。

みんなでジャッキーチェンの映画を観たり、
娘が夏休みの宿題をしている隣で
好きな音楽を聴きながら仕事したり
マイペースな時間を過ごしているのですが、

改めて、自分にとっては胸に沁みる曲、
私の人生のテーマソングとも言うべき曲を
聴いて一人でテンション上がってます。

その曲はウルフルズの「それが答えだ!」
かれこれ20年間、大好きな曲です。

20代は、たいして楽しくもない毎日でした。
20代の下積みや辛い経験は、
いずれ人生の肥やしになると、
若い時の苦労は買ってでもせよ!の言葉を信じて
Mっ気満載な毎日を過ごしていました(笑)。

そんなときに毎日、この曲を聴きながら
仕事終わり、車で家に帰っていました。
毎日0時前後だったかな?
今の時代だと否定されそうな人生ですが、
あの頃はそれが当たり前でした。

大声で歌いながら帰ってました。
弱気になる自分を奮い立たせていたのでしょう。
いつしか自分のテーマソングにしていました。

ちなみに、このときからおおよそ10年後に
奥さんと知り合ったのですが、
意気投合した理由の一つが、お互い
ウルフルズのファンだったことでした。

結婚式前にはライブに行って
神戸国際会館3列目でこの曲も聴きました。
めっちゃ嬉しかったな。

なので、結婚式当日、
一番最初の音楽だった披露宴入場時には、
「それが答えだ!」で入場しました。

そして、一番最後の音楽になる
二次会でやったライブの一番最後に
「それは答えだ!」を演奏しました。

奥さんもこの曲が好きだったこともあり、
人生で最も弾ける日の最初と最後には
自分の人生のテーマソングをかけました。

実際、どの道が自分にとって
正解だったのかはわかりませんが、

47歳の誕生日に
大好きな多くの友人たちから
お祝いの言葉をもらい、

奥さんが洗濯物をたたみ、
長女がピアノの練習をしてて、
次女が夏休みの宿題をしている姿を見ながら

モツ鍋のニラを切りつつ
俺の人生は「これが答えだ!」と
思ったのでありました(笑)。

そういえば、1年前に
アレサフランクリンが亡くなりました。
1年前の自分のブログの記事を読んで
思い出しました。

音楽はいつも自分に大きな力がくれます。
今日も1日、素敵な音楽を聴きながら
台風が去るのを家の中で過ごそうと思います。

ちなみにこれから
ストーンズを聴こうか
ハウリン・ウルフを聴こうか
柳ジョージを聴こうか
テレサテンを聴こうか悩んでます(笑)。

「それが答えだ!」の中で一番好きな歌詞

「うんと飯を喰え
ガハハと笑い飛ばせ
答えは風まかせ 人生はステキー!」

この1年も
うんと飯を喰って、
ガハハと笑い飛ばして
47歳の1年が自分にとって
素敵な1年になりますように・・・・。

こっそり自ら祈念しておきます。

そこに愛はあるのかい?

半年ほど前から
蕁麻疹に悩まされています。

唇に症状が出ると、倍くらい腫れます。
サザエさんに出てくる
アナゴさんみたいになります(笑)。

皮膚科で飲み薬をもらっているのですが、
原因もよくわからないので仕方ないですね。
ちなみに今日はアナゴさんです♪

で、タイトルは昔懐かしいドラマ
「ひとつ屋根の下」より引用しました。

「そこに愛はあるのかい?」

音楽好きなので、考え込まない作業中や
夜、一人で酒を飲んでるときは
youtubeを見ることが多いです。

いろんな音楽を聴いていると
オリジナルはもちろんのこと、
とても素晴らしいカバー曲があります。

そのカバー曲はそもそもの楽曲の良さや
カバーしている人の歌のうまさもありますが、
胸に響くときは前提に
やっぱり歌い手さんがその曲自体に
「愛」があるかないかが大きいように思います。

そのカバーの選曲は、
事務所の社長がしたのかもしれませんし、
周りの誰かが勧めたのかもしれません。

この曲はノリがいいからとか、
この曲は名曲だからとか、
この曲なら売れるからといった
そんな思いがきっかけかもしれません。

例えば、カバーするきっかけが
他人だったとしてもいいんです。

でもカバーする歌手本人には、
カバー曲が大好きであって欲しい、
その曲自体に「愛」があってほしいと思います。

「たいして好きでも何でもないんだろうな。」
「この曲なら売れるだろうからまぁいいか。」
みたいなことを感じてしまうと
どれだけその曲自体がいい曲でも
聴いているほうは冷めてきます。

「趣味」とか「遊び」ならそうでなくでも
こっちが本気になる「仕事」や「買い物」なら
なおさらそう感じるではないでしょうか?

「これを売ったら儲かるから」とか
「これなら片手間でやれるから」とか
そんな気持ちの相手とは
例えそれが見た目、いいもののように感じても
さみしいような気がします。

売る側になったら、人間そう思いがちです。
楽して売りたい、楽して儲けたい。

でも買う側になったら人間なんて勝手なもの。
そうだったとしても
やっぱりそこには
「愛」があってほしいと願うわけです。

ちなみにこの曲のカバーは本当素晴らしい。
最近、1日に1回は聴いています。

楽曲そのものの素晴らしさ、
奥田民生さんの胸にくる歌声、
故、忌野清志郎さんへの敬意なども
すべて感じられますが、
何より民生さんのこの曲に対する「愛」が
最初から最後まで響き渡っています。

やっぱり、カバーに限らず、
暑苦しいとか思われても
本気なことって、
こうじゃないといけないですね。

「そこに愛はあるのかい?」

仕事のこと、家族のこと、友人のこと。

私の大好きな自問自答しながら(笑)
今晩は、この曲を聴きつつ
芋焼酎でも呑もうかと思案中。

ただ、この曲聴いてたら
何杯でも呑めるんよな・・・。
困った、困った♪

ボヘミアンラプソディ

音楽ネタが続くのも恐縮しますが、
書かずにはいられない森下です(笑)。

先日、やっと観にいってきました
映画「ボヘミアンラプソディ」

テレビや雑誌で評判も知っていましたが、
何より音楽好き問わず、
映画を観た友人達が全員、絶賛!

中にはもう3回観にいった友人もいて
なんとしても観たかったので
移動中の合間、東京で観てきました(笑)。

観た感想は・・・・
みんなが言うようにとてもいい映画でした。

ネタバレしてはだめなので
多くを語りませんが、

クイーンの楽曲の素晴らしさ。

フレディ役の俳優さんが途中から
本人にしか見えなくなる錯覚感。

最後のライブエイドのステージが
本物にしか見えない作り方・・・。

クイーンへの愛がいっぱいでした。

(余談ですけど映画の前半、
フレディ役の方がフレディというより

若い頃のミックジャガーに見えましたが、

最後はフレディ以外に見えなくなって
その役づくりにも本当に感心しました。)

フレディが抱えたきた
たくさんのコンプレックスや苦悩。

アフリカで産まれインドで育ち、
移民してきたことの人種差別。
改名してフレディ・マーキュリーとなったこと。
上の歯が多く、前歯が出ていたこと。
父親との軋轢。
メアリーとの日々での違和感?、
それが同性愛者であったこと。

あそこまで成功し認められても
心の底に貼り付いていた複雑な思いが
ぬぐいきれない様子。

そういった思いが積み重なって
「ボヘミアンラプソディ」という
今回の映画タイトルになった曲が
できていった背景みたいなものが
すごく感じられたから
とても感情が入っていったように思います。

映画の中、ライブエイドでのシーン。
最初にこの曲を歌ったとき
私は涙がこぼれました。

ボヘミアンラブソディは
こんな歌詞です。
最初の部分のみ抜粋してみます。

「ボヘミアンラプソディ」

これは現実なのか
それともただの幻か
まるで地滑りに遭ったようだ
現実から逃れることは出来ない

目を開いて
空を仰ぎ見るがいい
僕は哀れな男 だが同情は要らない
いつでも気ままにさすらってきたから
いいこともあれば 悪いこともある
どっちにしたって 風は吹くのさ
僕にはたいしたことじゃない

ママ たった今、人を殺してきた
あいつの頭に銃口を突きつけて
引き金を引いたらやつは死んだよ
ママ 人生は始まったばかりなのに
僕はもう駄目にしてしまった

ママ ああ ママ
ママを泣かせるつもりじゃなかったんだけど
明日の今頃になって僕が戻らなくても
今のままで生きていって
まるで何事も無かったかのように

もう遅すぎる 僕の最期が来た
体中を震えが走る
体中が苦痛に責めたてられる
さようならみんな 僕はもう行かなくては
あなた方の元を離れ真実と向かい合う時だ

ママ ああ ママ
僕は死にたくないよ
時々考えてしまうよ
いっそのこと生まれてこなきゃよかった

(詞:フレディ・マーキュリー)

誰しも悩みやコンプレックスはあります。
でも、それを乗り越えるというより、
事実は事実で受け止められないと
いつまでたっても何かのせいにしかできず
ずっと苦悩し続けてしまいます。

私も後10cm身長が高かったら・・
と思ってばかりでしたが、
たぶん10cm身長が高かっても
考え方が変わらなければ一緒なんだろうなと
言うことは30歳過ぎたあたりに
なんとなく気づいたりしています(笑)。

この曲も最後の歌詞は

「何もたいしたこと無い
誰もが知ってることさ
たいしたことじゃない
本当に僕にはたいしたことじゃないさ
どっちみち 風は吹くのさ」
と言って終わります。

ボブ・ディランも
「(人生の)答えは風の中で舞っている。」
と歌っていますが、

私はたった一人でいいから
自分を認めてくれる理解者と出逢えたら
自分のことを受け入れられるように
自分で自分にOKが
出せるのかなと思っています。

それがいつどこで出逢えるかわからない。
だから風の中なんだと勝手に思っています。

フレディは出逢えたけど
パートナーがメアリーであって、
メアリーでないところが
苦悩の根っこだったのかもしれませんね。
映画をみてそんな気がしました。

私は人生で
一人のパートナーと
一人の親友と
一人の恩師に巡りあえたら
素晴らしきものと思っています。

ありがたいことに人生振り返ったら
巡り合えたように思います。
後は、そのことに感謝して
自分自身のOKが出せるように頑張ります。

しかし、この映画はよかったな。
こんな映画に出逢えたこともラッキーですね。

キャッチコピー

12月になって
暖かい日もあるなとか思っていたら
翌日、メチャクチャ寒かったりします。
出張の時の服装にとても困っています(笑)。

先日、出張先で時間つぶしに
お店に入ったときのこと。
有線だと思うのですが、
懐かしい曲が流れていました。

その曲のタイトルは
「KISSIN’ CHRISTMAS」
私が中学2年生だった32年前(!)
テレビ番組の企画で作られた曲です。

番組目は「MERRY X’MAS SHOW」

人気ミュージシャンが勢揃いした音楽番組。

司会は当時、人気絶頂の明石家さんまさん。
さんまさんは32年後の今も人気絶頂。
本当に「お笑いモンスター」ですね(笑)。

エンディングの曲が
詞を松任谷由実さん、曲を桑田佳祐さんが
作ったこの日限りの曲だった
「KISSIN’ CHIRISTMAS」でした。

当時、レコード化する予定はないといった
ふれこみでしたが、
桑田さんが歌って音源になっているんですね。

その懐かしい曲が流れてました。
(当時、録画したものをビデオテープで
何百回って観たので、今も口ずさめます。)

曲も演奏も当日唄われた
歌手の方々ももちろん素晴らしいのですが、
この曲は歌詞がとても素敵です。

中でも特に素敵なフレーズがあり、
それは1番のサビの最後のこんな言葉でした。

「今年の想い出にすべて君がいる」

たったこの一行のフレーズが
田舎の坊主頭で中2だった私の心を
鷲づかみにしたのです(笑)。

たった一言の言葉なのに
今もその言葉が相手の胸に残っているって
スゴイことですよね?

このときも今も思うことがあります。

伝えたいことを相手に
うまく伝えることって難しいです。
あーだこーだと言葉の数が増えても
いいたいことがうまく伝えられない。

簡潔な言葉で相手に伝えられることって
本当に難しいです。

その思いを一言で相手に伝えられることは
本当にスゴイなと思っています。

キャッチコピーがまさにそうですよね。

(若い時に一瞬、
コピーライターになりたいとか
思った時期があったように思いますが、
語るほどに恥ずかしく赤面してしまうので
なかったことにしておきます・・・(笑)。)

ちなみに有名なキャッチコピーの中なら
「恋は遠い日の花火ではない」とか

「NO MUSIC,NO LIFE!」とかありますが、

個人的に一番、一言で
相手に言いたいことを伝えている
名キャッチコピーは
仲畑貴志さんが作ったこのコピーと思います。

「ベンザエースを買ってください。」

どうですか?この超ド直球(笑)!

しかもCMに出ているのは
当時、人気絶頂だった小泉今日子さん!
面と向かって言われたら
「はい」としか答えられないですよね(笑)。

(といっても私は
ルルをよく買ってましたけど・・。
ハハハ♪)

なので話が長くなりがちな私は、
伝えたいことが簡潔に
相手に伝えられるように
日々、気をつけていきたいと思います。

伝えたいことを日常の会話でも
キャッチコピー化できたら素晴らしい!
なので、話が長くなってきたら
「手短に!」とツッコんでくださいね。

夏の終わりに・・・

このお盆に思ったこと

さっきニュースを見てビックリ。

昨日8月16日に
大好きだったミュージシャン
アレサ・フランクリンさんが
亡くなられました模様。

こういったレジェンドの方が
他界するのは、
仕方がないこととはいえ、残念ですね。

私は音楽が大好きなのですが、
洋楽においては
ザ・ローリング・ストーンズ
サム・クック
ザ・ブルース・ブラザーズが
大好きな三大ミュージシャンです。

初期のストーンズと
ブルース・ブラザーズはたくさん
昔の曲をカバーしてくれていて
私の知らなかった素敵な音楽を
教えてくれた先生みたいなものです。


(サム・クックはルーツより
素晴らしいフォロアーを教えてくれました)

ブルース・ブラザーズは、
映画の中でもたくさん教えてくれました。
アレサ・フランクリンもその中の一人です。

ちなみにブルースブラザーズは
ジェームス・ブラウン

レイ・チャールズ

ジョン・リー・フッカー

なんかも学生時代に教えてくれました。

そのおかげで20歳くらいの頃に
ジェームス・ブラウンも
レイ・チャールズもライブで
観ることができました。

伝説をにリアルに触れることができて
とてもよかったです。
そんな機会を与えてくれた
素晴らしい先生でした。
そんな出逢いをくれた恩人です。

ただ今日はそんな趣味の話が
したいのではなく
そんなことを気軽に教えてくれる
そんな先生のような人が

勉強でも
遊びでも
仕事でも

身近にいることは、
とてもラッキーだなということが
言いたいのです。

「お金くれなきゃ教えてあげない。」

こと、ビジネスや売買では
それが当たり前なのかもしれませんが、
始めからなんでもかんでも商売というのも
いかがなものかと思います。

どんな話になったとしても
最後は自分のビジネスに繋げられる人は
ビジネスマンとしては
優秀なのかもしれませんが、

相手にとっては
自分以外の他の誰かが、
他の考えの方が
その人にいいこともあるわけです。

そこに自分の損得は無く
最初こそ相手の立場になって
アドバイスを言ってくれる人に
一番最初に出会えたら
本当にその人はラッキーだと思います。

私は、これから出会う人に
出会えたことがラッキーだったと
思ってもらえる人になりたいな
と思っています。

先日の行方不明だった2歳児を
探しに大分県から山口県にやってきて
20分で発見した尾畠さん。

これまでも様々な被災地などに行き
ボランティアをしてきた事実。

ただシンプルにその生き様に
スゴイなと感心しました。

もしかしたら他の人が
探せたかもしれませんが、
2歳の子を探したのも事実なわけで、

尾畠さんが来てくれたことが
ラッキーだったのなら
やっぱり親御さんや祖父にとっては、
出逢えてよかったんですよね。

自分がやるべきこと、
自分が大事しないといけないこと、
そんないろんなことを考えさせられた
機会になった今回の事件でした。

でも、無事見つかってよかったです。
子を持つ一人の親として
心から思います。

出逢えてラッキーといえる機会。

そんな素敵と思える出逢いで
知ることができた
アレサ・フランクリンさんの音楽。

今晩、じっくり聴こうということを
口実にして、
お酒を呑もうと思います(苦笑)。

8月14日に46歳になりました。
この46歳になったこの1年が
素晴らしいものでありますようにと
願いつつ、もう一度なりたい自分の姿を
思い返してみることにします。

歌謡曲の奥深さ

台風、大雨も一息つき、いい天気です。

今日からお盆休みが始まる方も
多いのではないでしょうか?
遊びに行く人も
帰省される人も
交通安全でお過ごしください。

毎日1~2杯だけ呑むのですが、
お酒を呑んで酔っ払ってきたら
よくyoutubeで音楽を聴きます。

私はブルースやR&B、ソウルなどの
古い黒人音楽や
ローリング・ストーンズ、
邦楽の古いロック、沖縄民謡等が好きで
よく聴いています。
そんな中でも昭和歌謡曲が大好きです。

そもそも歌謡曲って言葉自体の意味が
「昭和の日本ポピュラー音楽」ですが、
あえて昭和を協調したい気分。

個人的見解では、一般的に
なんか歌謡曲って下に見られがちで
「ロック > 歌謡曲」って空気に
違和感があります。

実は、歌謡曲ってとても高度で
とても奥が深いジャンルと思っています。
でも、大衆的な分だけ
低いイメージな人もいるのかな?

そう思うと、歌謡曲って
ピカソの絵に似ているんですよね。

ピカソが書く抽象画って
パッと見た瞬間は何がすごいのか
わかりにくくないですか?

「あれ?子どもでも描ける?」
「あれ?俺でも描けるんじゃない?」
誤解を恐れずに言えば、
そう思う人も多いように思います。
絶対、無理なことはさておき(笑)。


(有名な作品「ゲルニカ」)

でも、ピカソって
とてつもない画力があるんですよね。
15歳ほどで描いた絵を見たら
その技術にとても驚きます。

その高い画力をもって
人物画も風景画も描ける上で
あのような抽象画に
たどりついたのであって、
当たり前の話、高度な技術があるわけです。

歌謡曲もそんな感じです。
あの時代、歌謡曲を作ってきた人達は
クラシックや海外での音楽経験があったり、
スタジオミュージシャン上がりだったりと
バックボーンがしっかりしている訳です。

阿久悠さんとの名コンビで有名な
都倉俊一さんしかり、
筒美京平さんしかり、
後藤次利さんしかり・・・。

浪花のモーツアルト
キダ・タローさんもしかりです。

高い技術や見解がある人達が
あえてそれを大衆にも分かりやすく
展開してくれているところが
歌謡曲の奥深さだと思います。

そこには高度な引用もあったりして
たくさんの引き出しがあることも
聴いてて面白く、思わず笑うこともあり
時代が変わっても古臭くなく
何年経ってもカッコいいのです。

西城秀樹さんが亡くなられたとき、
昔の映像が多く流れてましたが、
今、聴いても全然古臭くなく、
とてもカッコいいと思った人も
多かったのではないでしょうか?

以前にも書きましたが
歌謡曲はそこに時代や背景、流行、
想い出がリンクしていくので
その曲を聴いた瞬間に
そのときの想い出、気持ち、相手が
蘇るので、甘酸っぱい気持ちになって
困ったものです(笑)。

今の時代は、誰しも知ってるような
流行歌がない時代です。
なんか寂しいなとか思いますが、
これはこれでアリなのでしょうね。

どの世界でも
本当に知識や経験、技術のある人が
高い場所でとどまらずに、
いかにしてそれを
わかりやすく噛み砕いて
伝えてくれるかがカッコよさ、
懐の広さと思います。

そんな人になりたいですね。

お盆休みは、
なにかと車に乗ることも多いので
大好きな音楽を聴きながら
運転したいなと思っています。

みなさん、病気や怪我なく
楽しいお休みをお過ごしください。