「縁」とは必然な偶然を言います。

平成も今日を入れて残り3日となりました。
あっというまの30年でした。
平成になったとき私は高校生でした。
おっさんになるはずです・・・・。

昨日から10連休もスタートしました。
遊びに行く人も、ゆっくりする人も
仕事の人も様々な方がいます。
どんな形であれケガなく病気なく
穏やかな「令和」を迎えたいものです。

今年でPTA活動始めて4年目になりました。
毎年GW初日の4月最終土曜日は
総会と懇親会があります。
今年は昨日でした。

懇親会は先生方や役員さんはもちろん、
地元の自治会長さんも揃われて
結構おおがかりな会合です。
今回は司会という大役をさせてもらいました。

こういった機会は
多くの方々との出会いがありますね。
中には再会も?

今年から来られた教頭先生は
10数年前に甥っ子の担任の先生。

懇親会前に送迎バスを待ってたら
従兄弟に出会いました。

新しい役員さんが娘の保育園時代の
お友達のお母さんだったり、
聞いたお話なら今年から来られた先生が
前職時代に家を建てさせてもらった方の
お子さんだったり、
今、お世話になっている先生が
いらっしゃったりと
いろんな関係があります。

以前ではPTAの集まりで
予備校時代の友人にあったり、
当時のお客様に出会ったり、
中学校時代通ってた塾の先生が
教頭先生になられていてお逢いしたりと
本当、多くの縁があることに
ビックリします。

なにかと賛否あるPTA活動ですが、
やるからには楽しんでやりたいし、
何より我が子の学校生活がいいものに
してあげたいと思っています。
(自分がするとは全く
思っていませんでしたが・・・・(笑)。)

以前、読んだ本に
「大人になり新しい土地で
生活をしていく中では
自治会などの活動もですが、
子どものPTA活動と子ども会の活動を
通して、その地元の人間になっていける。」
といったことが書いてありました。

本当にそうだなと最近、実感しています。

そうでもないとなかなか知り合うこともなく、
こうした活動をすることで
生活しているこの場所で多くの知り合いができ
それが今の生活にとても影響を受けています。

その中にある「ご縁」を
大事にしていくことが
やがて自分の人生を大事にしていくことに
繋がるような気がします。

10数年前に
自分で勝手に作った言葉があります。

「縁とは必然な偶然を言います。
あなたさまと逢えたこと感謝します。」

「縁」を大事にして
今まで生きてきました。
令和の時代も「縁」を大事にしていきます。

どれだけ頑張っても
一人でできることなんて
たかが知れていますから、
多くの方に助けられていることに感謝して
平成の時代を個人的に終えたいと思います(笑)。

ありがとう、平成。
よろしく、令和。

「風姿花伝」

ショーケンこと萩原健一さんが
亡くなられましたね。
数年前から闘病されてたようで驚きました。

華と色気のあるカッコいい方でした。
尖った感じは無くなりませんでしたが、
いい意味で枯れてきた感じも
とてもカッコよかったです。
残念ですがご冥福を心よりお祈りします。

ショーケンのニュースを聞いたとき
先日、読んだ本の内容がよぎりました。

その本のタイトルは「風姿花伝」
能で有名な世阿弥が書いた本です。
芸能論と言う名の人生論が書かれていて、
ハッとすることが多くてとても面白い。

普段、古典を読むこともないのですが、
一気に読んでしまいました。

世阿弥は7つの時期に分けて
その時代において大事なことを書いています。

その7つの時期とは
「7歳」「12~3歳」「17~8歳」
「24~5歳」「34~5歳」
「44~5歳」最後に「50有余歳」

「7歳」といえば今で言う小1の頃は、
ともかく叱らず、基礎をみっちりやって
しかも子どもが勝手自在にやるのをいつも
「ああ、上手上手、それでいいよ。」とでも
褒めて教えることを言われています。

褒めて教えるのが上達の近道であって、
叱って教えるのは効果が薄い。
そんなことを書かれていました。

「12~3歳」の頃は、
表面的人気に応えて華やかな芸を舞台で
披露しつつも、稽古は稽古で
ひたすら基礎の技術を大切に練習すること、
若い頃にどれだけ基礎的な訓練をしたか、
それが人の一生を左右する。

「17~8歳」の頃は、
能を演じる際、変声期をどう乗り越えるか
じっと耐えて、諦めず練習することが大事。
ただそれは根性論で解決できるのではない。

「24~5歳」の頃は、
実力以上に評価されがちで
慢心の虫に取り付かれやすく、
10年早いことをこれ見よがしにやりだす。
ただ心底立派な心がけを持った人であれば、
修練というものはすればするほど
また一層に己の欠点未熟に思いが至り、
更に一段の修練を積む。
それが一生の芸能の分かれ道。

「34~5歳」の頃は、
この頃までに「真実の花」
つまりは芸を極めた者は、
40歳以降になって力が衰えたとしても
別の味わいが出てくるので
衰えたようには見られないが、
真実の花を会得していない二流の者は、
この力の衰えが如実に芸にでてしまい、
急速に見どころが無くなっていく。
その衰えを補って余りある深い芸は
若いうちに勇猛努力して
仕込んでおかなくては取り返しがつかない。

「44~5歳」の頃は、
大切なことは良い助演者を持つこと。
本当の名手ならまだ見どころ魅力があり、
失せないで残っている花こそが本当の花。
老害という言葉があるとすれば、
年齢を認識せずに若いものと同じつもりで
年寄りの冷や水を好んだり、
後進に道を譲らずしていつまでも
高位に留まろうとする人を言っている。

「50有余歳」の頃は、
「麒麟も老いては駑馬に劣る」
どんなに優れた才能を持った人でも
歳を取って衰えたら
平凡な人にも及ばなくなるものである。
ただ、奥底深く会得したものであれば、
見どころが少なくなっても
「花」は残っている。

このようなことを述べられています。

まぁ、ぐうの音も出ないことの連発で
読んでてもっと若いときに読みたかったと
思った次第です(笑)。

時代や価値観が変わり
寿命も大きく変わった現在ではもう少し
年齢の枠も変わっているようにも思いますが、
現在46歳の私にとっては
「34~5歳」~「44~5歳」の時代に
生きているかと思います。

「真実の花」を手にしていないことを
今更どうすることもできませんが(苦笑)、
初心忘れずことなく勉強を辞めないで
次の世代へ伝えられることは伝えること。
そのことは丁寧にやっていくことが
今の私の年齢では大事なんだと思い、
実行していけたらと思います。


(キンモクセイの花言葉は真実)

世阿弥はこうも言われています。

「若い修行時代は夢中に稽古を過ごす、
そして壮年に名声を得たとしても、
もっと肝心なのは、いかにして引退し
後進に道を譲るかというその潔き進退が
大事でそれができぬものが凡人である。
老害によって晩節を汚した人は少なくない。」

そして、
「見事に潔く後進に道を譲り、
教えるべきことは教え、
そうして最後の最後まで元気に力を尽くして、
忽然として世を去る。
これがまさにこうありたいという辞世の姿。」

そう述べているのです。

自分が世阿弥のような人間であるとも
思っていませんが、
一人の人間としてカッコよく生きたいとは
思っています。

「上手は下手の手本 下手は上手の手本」

ちょっと上の地位になったりすると、
もうすぐに慢心して教訓をたれたがったり、
部下を見下したりする輩が多いのだが、
それは結局その人の能力の行き止まりだと
言うことであるとも世阿弥は言っています。

自分の考えが正解かどうかではなく、
自分の考えがどれだけ相手より
正しいと思わせられるかが
対人関係や競合の際には重要なことには
自分なりには整理できています。

でも、日常の生活の中では
自分が言ってることは全て正解なんだと
さも神にでもなったかのような人にも
よく出会うことがあり、
なんか違和感を感じることも多いです。

と言っても、生き様や価値感は
人それぞれですので、
自分は丁寧、謙虚で地に足がついた人生を
存分に満喫できるようにしたいと
改めて思いました。

こんな生き方が自分にとっては
カッコいい生き方です。

追伸

ネィティブアメリカンの教えで大好きな言葉

「あなたが生まれたとき、周りの人は笑って
あなたは泣いていたでしょう。
だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って
周りの人が泣くような人生をおくりなさい。」

これが最高の人生ですね。

(文中の世阿弥の言葉は
林望さんの「すらすら読める風姿花伝」から
抜粋させて頂きました。)

恒例行事

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

本日1月4日から奥さんが仕事始め。
奥さんが年末の仕事おさめの日に
ギックリ腰になり大変でしたが、
復活して無事出社しました。

私は年末風邪気味だったのか
大晦日は終日、味覚がなくて
全然、ご飯もお酒も味がしませんでした。
元旦は元に戻り、
おせち料理を堪能しました。

まぁ、この正月は娘達が元気だったので
ヨシとしています。

我が家はお正月に
娘達の身長を計るのが恒例行事。
今年は1月2日の朝に身長を計って
柱に書き込みました。

毎年、お正月と
この家に引越ししてきた7月13日の
年2回子どもの身長を計っています。

私は8年半前に家を建てたのですが、
我が家のリビングの真ん中には
構造上無くてもいい柱が1本あります。

家を建てるときに
娘達の成長を家のどこかに刻みたかったので
柱をむき出しにして設置しました。

娘達の成長を印すことと
背中がかゆいときにその柱を
とても重宝しています(笑)。

娘が大きくなっていく様がよく分かり
我が子の成長を喜んでいます。

私は1年の中で
なんでもいいのでその時期に応じて
恒例行事を作って行動することにしてます。

毎年、その時期が来たらその行事をして
1年間、元気で過ごせたことを再確認し
改めて頑張ろうって気持ちにしているのです。


(奥さんの実家恒例 百人一首大会)

例えば、年末年始なら
大晦日の午前中は、
母親と2人で父の墓掃除に行く。
元旦は朝一で朝風呂に入る。
お正月に娘の身長を計る。
これらは恒例行事ですね。

これらをしたら正月だって気が毎年します。


(今年は雪が積もってました)

でも、よく考えたら
大掃除をすることや実家にいくこと、
初詣にいくことも同じです。
年賀状もそんな意味がありますよね。

年賀状はめんどくさいし、お金もかかります。
今年で年賀状は最後にしますといった風潮も
見受けられました。
メールやLINEで充分といった意見も
あるでしょう。

確かにそうなんですけど
なんかそういった側面だけで
無くしていく事にいつも思う事があります。

いらない部分はなくしたとしても
そこにはいい部分もあるわけですから
そこは残して欲しいなとか思うわけです。
(それは何?といった話になると
感情論に発展していき非常にめんどくさいので
こういった話は各々の心の中で
確認するのがいいと思っています。)

何事も物事の変化や改善は
「よりよいものにするため」でないといけなく
「めんどくさい」「楽したい」だけでやると
結果的にいい事にならないのがほとんどです。

仕事ならその改革が
「お客さんが喜ぶから」とか
「みんながうまくやれるから」ならOKですけど

誰かだけが楽になるものであれば
その人は楽になっても
そのしわ寄せが誰かにいくだけだから
やっぱりそれはよくないわけです。
(先日書いた正論バカ(失礼)の人は、
この傾向が強かったりします。
自分だけが正しいと主張する人や
わがままキャラが認められてる人も
そんな人が多かったりしますが、
組織においては
本当にやっかいな人達です(苦笑)。)

何でも辞めるのも
無くすのも簡単にできますが
その前にもう一度よく吟味することは
辞めず無くさず実行したいですね。

なので我が家は年賀状は今のところ
いい部分もあると思っているので
続行することにしています。

今年もいろいろ書いていくと思いますが、
何卒よろしくお願いします。

相手を思う気持ち

11月ももうすぐ終わり。
今年も後1ヶ月となりました。
インフルエンザの予防接種も済まして
万全の体制で年末を迎える森下です。

先日、奥さんのおばあちゃんの
三回忌があり、法事に参加しました。
親戚の人達とも集まり、故人を偲んで
いろんなお話になりました。

私は11月から年末年始に向けて
いろんな人とお別れしていることもあり、
この時期が来ると、いろいろ思います。

先述したおばあちゃんは2年前の
11月末に亡くなりました。

独身時代、ずっと遊んでた親友や
新人時代の同期が亡くなったのも11月。

若い頃に可愛がってくれた先輩や
18歳のとき父が他界したのは12月。

父方、母方の祖父は2人とも
小学生の頃、お正月に亡くなってます。

なので、寒くなりだしてきたら
故人を偲んで、
昔話になることが多くなりました。


(幼い頃の私と父)

一般的に「供養」とは
法事やお墓参りといった行動を
指すことが多いように感じます。

もちろんそれらも大事なのですが、
私は「供養」とは、
何年経っても故人を偲んで
想い出話をすることが一番だと思っています。

同じ話が繰り返されてもいいわけで、
あんなことあったなとか
こんなことあったなとみんなで
ワーワー言ってほしい。

なので7年前に亡くなった親友のことは
今でも当時の仲間達と忘年会を口実に集まり
想い出話をして7年経ちます。

「いい奴やったな。・・・アホやったけど。」
「優しい男やったよな。・・・アホやったけど。」
「楽しい人やったで。・・・アホやったけど。」

誉めてるのか、けなしているのか
よくわからないですけど(笑)、
そう言いながら酒を呑み、
親友のことを思い出しています。

そして、仲間達と
「今年一年、頑張りました。
来年も頑張ろう!」と
握手をして別れて1年が終わるのです。
なので来月、楽しみにしています。

形式とか決まりも大事ですけど
まずは「忘れないこと」
「思い出すこと」そして
「語り続けること」がなくては
本来の意味ではないように思います。

他のことでも言えるかもしれませんね。

お墓に行ったから。
お経を唱えたから。
ご仏前を供えたから。

それでOKなのではなく
当たり前ですけど、
そこに「偲ぶ気持ち」がなければ
何をしてもそれは「供養」にはならないわけで

何事も「相手を思う気持ち」が
まず一番最初になかったら

人間関係も
商売も
遊びも
奉仕も
なんか別のものになるのかな?

そんな風にいつも思っています。

でも、意外とこれって
できていない人が多かったりします。
自分は日々、気をつけていきたいですね。

ちなみに私は死んでからではなく、
死ぬ前に大切な人は逢いたいので
元気で入れたら70歳で生前葬をする予定。

誰も来なかったら寂しいので(笑)、
そのときはみなさん
是非、逢いに来てください!

私は今、46歳。
ということは24年後のお話。
ずいぶん先のお話です。

百聞は一見に如かず・・・・

出張が続き、ブログ更新が遅れました。
さっそくの言い訳からのスタートです(笑)。

先日、東京にて研修に参加しましたが、
午前中は時間があったので
東京都美術館で開催されている
ムンク展に行ってきました。

朝一に行って並びましたが、
開場前で200名~300名くらい?
会場内は思っているより少なくて
結構ゆっくり見れました。

最大のみどころは
もちろん代表作「叫び」
せっかくなので3回くらい見ました(笑)。

そんな芸術が語れるほど
目が肥えてるわけでもなく、
知識があるわけでもないので
ここで専門的な話はできませんが、

それが絵画であれ
書道であれ、仏像であれ、
なんでもいいのですが、

有名であったり、
何百年と語り継がれてるものは
見れるのならきちんと見る機会を
作るようにしています。

わからないなりにも
見て何かを感じてみたいと思っています。

「百聞は一見に如かず」と
言うやつです。

事実をありのまま見ることは
仕事においても人生においても
とても大事です。

例えば、イベントなどの反省会でも
「近隣の人が来てくれてたな~。」と
漠然と語るのではなく、
「総来場は50組、近隣の方は15組」と
具体的に確認しないと
正しい判断の参考資料にはなりません。

国語的目線ではなく
算数的目線でないと
その結果はデータにはなりません。

そういう観点からも
事実をきちんと見ておく姿勢、
百聞より一見しようとする気持ちは
大事なわけです。

ただ、この言葉 続きが有ります。
その続きまで読んで
初めてこの言葉の意味がわかります。

「百聞は一見に如かず
 百見は一考に如かず
 百考は一行に如かず
 百行は一果(効)に如かず
 百果(効)は一幸に如かず
 百幸は一皇に如かず」

意味は以下のようになります。

聞くだけでなく、
実際に見てみないとわからない。

見るだけでなく、
考えないと意味がない。

考えるだけでなく、
行動するべきである。

行動するだけでなく、
成果を出さなければならない。

成果をあげるだけでなく、
それが幸せや喜びに
つながらなければならない。

自分だけだなく、
みんなの幸せを考えることが大事。

事実をありのまま見て、
考え、行動し、成果を出す。
それが周りの人も含めて
幸せになる事が大事。

はい、その通りです・・・(笑)。

そうなるためにも
まず最初に自分はどうなりたいか
どこを目指すのか
そこははっきり決めておかないと
行き先が見誤るので
まずは「よく見てよく考える」ことを
改めて取り組んでみたいと思います。

 

 

どうしてその店に行くんですか?

今週末、姫路は多くの地域で
お祭りが行なわれます。

季節はずれの大型台風が
来る予報でしたが、
北側に大きく逸れたので、
いい天気となりました。
娘たちも元気にお祭りに行きました。

さて、今日10月6日(土)は
東京築地市場が83年の幕を閉じます。
私は築地が大好きで、
出張などで泊まったときは
よく食べに行っていました。

個人的には、世界遺産とまで行かなくとも
築地市場は国宝と思っていたので(笑)、
豊洲市場への移転はとても残念です。

今週、築地市場に行き、
最後の築地場内での朝御飯を
食べに行ったのですが、
最後は何を食べて締めくくるか
結構、思案していました(笑)。

そんなとき、ふと思ったのが
「みなさんの行きつけのお店(飲食店)は
どうしてそこなんですか?」
「どうしてそのお店によく行くんですか?」

人それぞれの基準が何か?
そんなことを知りたくなりました。

飲食店においては
「美味しかったら絶対流行るよ。」
もちろん価格とのバランスが
取れた上でしょうが、
よくこういう意見を聞きます。

もちろん不味かったら行かないわけですが、
「美味しいだけでその店にいくのかな?」
といった疑問をよく感じます。

たぶんここでは
「モノ(物)志向」と
「ヒト(人)志向」に
分かれるように思います。

モノ志向の人は「味」「値段」が基準、
反面、ヒト志向の人は
「そのお店の空気感とか雰囲気」とか
「来られるお客さんのキャラ」とかが基準
そんな感じで分かれるように思います。

築地場内といった
集客においては恵まれすぎる環境では
味はよくても愛想が悪くなりがち。
(場代や家賃が高いとかはさておき)

築地市場という
何ともいえない全体の空気感が
好きで通ってましたが、

お店単位では接客が全然ダメな
腕自慢、味自慢の店が多かったのも
事実でした(偉そうで恐縮しますが)。

なので、あの空気感がなくなる
豊洲市場に移転してまで自分が行くのかと
いわれたらやや疑問もあったりします。

とはいえ、非常に接客に
好感を持てるお店もありました。

余談ですが、
私は築地場内のお店は
8割以上は行きましたが、
その中でも一番お店に行って
気持ちがいいお店は「天房」さんって
言う 天ぷら のお店でした。


(一番、右側)

観光客が多かったように思いますが、
とても素敵な接客で気分よかったな。
味はもちろん美味しいわけで
文句のつけようがない名店と思います。

(また、せっかく築地に来たからには
寿司や海鮮丼など食べたいでしょうが、
本当のオススメはフライ系です。

新鮮で美味しいお魚は
どこの地域でもあると思いますが、
それだけ新鮮な魚を惜しげもなく
フライや天ぷらで揚げるのは
なかなかの勇気がいりますから(笑)。
とくにホタテフライは最高です。

この前のGWに、
どうしても築地の空気と
ホタテフライの味を娘たちに
経験してほしかったので
家族で食べに来たのはいい想い出です。

まだ行ったことない方は
豊洲市場で行ってみてください。)


(GWに娘たちと行った時の写真)

話がそれました・・・(笑)。

そんなこと思いつつ、
私が最後の築地市場の朝ご飯に選んだのは
センリ軒という喫茶店のモーニングでした。

築地市場なのに「モーニング?」と
思われるでしょうが、
最後はここで朝御飯を食べました。

さっきの話、
私は「ヒト志向」なので、
最後はこの店にしたのです。

観光客より、
築地市場で働く常連さんが多く通う店。
お店のお母さんは観光客にも優しくて、
もちろん常連さんともいい感じ。
いつ行ってもお店の感じがよくて
とても大好きでした。

なので、最後はこのお店に行きました。

観光客とも常連さんとも
みんなとお話される元気なお母さんの
姿を見ながらモーニングを食べました。

なんともいい気分でした。

大好きな築地市場の空気を感じられて
その市場で働かれている人達を
感じられるお店が

「何を食べるか」でなくて
「何を感じられるか」なら

最後はこのお店がいいかと思ったわけです。

(とは言え、そんな私ですので、
先月の9月に2回来たときに
天房さんと
フライの八千代さんに行き、

8月には
フライの小田保さんには
行ってたりはしてます(笑)。

抜け目はありません♪
ガハハ。)

83年といった歴史の築地市場は
今日で終わりますが、
あの活気と空気感は豊洲に行っても
新しく築いて欲しいと思います。

やっぱり、私の行きつけのお店は
「行ってて気分がいいお店」
「お店の雰囲気が満足のいくお店」
やっぱりこれに尽きるなと
改めて感じた次第です。

どうしてメンバーが変わっても常勝チームなのでしょうか?

今日から高校野球が開幕します。
悔いなく頑張ってほしいものです。

高校野球を見てて
幼い頃、疑問がありました。
どうして高校野球出場常連校が
あるのかということ。

その野球部監督の指導が適切なことも
全国から優秀な選手を集めることも
あるかと思います。

と言っても、
毎年選手の顔ぶれは変わっていくわけで
プロ野球みたいに固定されたメンバーが
何年もい続けるわけではないのです。

それなのに何年も強豪校でい続けて、
甲子園に何年も連続出場している
高校があったりするわけです。

そんな疑問の答は社会人になって
自分なりにわかってきたように思います。

それは、
「甲子園に出るには
毎日どんな練習をしたらいいのか」を
みんなが肌で感じてわかっていること、
それが伝統になっているということ。
ここに理由があるのでは?と思うのが
私なりの考えです。

甲子園に出場したことがない人は
目標を達成したことがない人は、
どれくらい練習したらいいのか?
どれくらいしたら結果が出るのか?
わからないまま手探りな状態が多いです。

例えば、毎日1時間は走りこみを
することが大事と言われても
どんな意味が?どんな意図が?
どんなやり方で?
そこが明確な理由がわからないと
なかなか身にはつきません。

それは私が社会人になって
住宅営業を始めたときに思いました。

住宅業界の営業マンは一般的に
「毎月1棟の受注をあげること」を
ノルマとして課されることが多いです。

でも、なかなか最初から
受注できるものではありません。

最初に入社したのは
大手ハウスメーカーだったので
そのときの優秀な先輩や上司の方や、

その後、家業として工務店に帰ってきてからは
日本中の優秀な会社の営業マンの方と
知り合い、お話を聞きました。

毎月1棟受注はおろか
毎月2棟受注されている方達もいて、
そんな人達が本当にいるんだなと驚きました。

私は最初は月に1棟どころか
年に3棟~5棟ほどしか受注できない
ダメ営業マンでしたから
そんな人は雲の上の人で
自分なんか到底なれないと思ってました。

でも、今、振りかえると
そもそもどういったことをしたらいいのか?
それが練習であれ、なんであれ
何をしたらいいのかが
何も分かっていなかったんですよね。

そうして経験をしていくと
そんな人達はどんなことをしているのか?
仕事なら会社によってやり方は違うわけで
その会社はどんなことをしているのか?

そういったことの事実を一つ一つ
知っていく上で、まずは自分が、
そして会社が何をしたらいいのかが
分かってきたように思います。

私にとっては、受注をあげるためには
営業マンのスキルをあげることや
マニュアルやツールを作るより先に
「集客」がなにより先であることに
気づかせてもらったことが
何よりのスタートだったと思います。

それは試行錯誤で始めた新事業が始まって
5年以上経ったときのことでした。

集客ができたけど受注ができない。
そこで初めてやり方やツールの意味がわかり、
それに取り組むことで少しづつ
成果がでてきました。

そして、自分も注文住宅で
年間24棟受注できるようになったときに
初めて、成りたい自分になれたと思えたのです。

個人で年間24棟受注しようと思ったら

どんなやり方でやったらいいか、
どんな言葉がけをこころがけたらいいか
そんなことがわかってきはじめます。

するとそれ以前に、そもそも1年間に
何組のお客様と出逢わないといけないか
何組のお客様のアポイントが必要なのか
そのあたりがわかってきます。

そして、
1年間にどれだけのチラシをまいたり
ホームページのイベントや
ブログを更新しないといけないか?
そんな宣伝広告が必要になってくるのか?

そんなことの目安が
数字などで具体的にわかってきました。

毎月○○万円の宣伝広告費が必要で
それを○○○の媒体を利用して
その結果、○○組の人が来場してきてくれ
○組の人と打ち合わせができるから
○棟の受注がとれるようになる。

これがわかってきたから
コンスタントに結果をだせるように
なってきたわけです。
(他にもありますけどそれは秘密(笑)♪)

これが高校野球なら
毎日5時間の練習が必要で
打撃1時間、守備2時間、基礎練習2時間。

基礎練習は半分筋トレ、半分走り込み。
月休みは4日、ただしその日も自主トレ。

過去甲子園に出場した先輩達は
これだけのメニューはこなしたから
逆に言えばこれだけしたら
甲子園に出れるかもしれない。

この目安を言葉だけでなく
実際、肌で感じている事実が伝統となり、
常連校になっていくのだと思います。

お金では買えない部分。
これを知ってるだけで全然違いますよね。

練習熱心とか練習嫌いとかあっても
長期間、活躍したピッチャーはみんな
走りこみだけは欠かさず続けていた事実。

投げ込みも大事。
球種を思えるのも大事。
でも、何より走りこみをしてこその練習。

やりたい、やりたくないでなく
走りこむか、走りこまないか。

走りこまないと勝ち続けれないという目安を
知っているかどうか
言うのは簡単。でもやり続けるのは大変。

成果を出す物差しを持っているかどうかが
とても大切になるのだと思います。

ノウハウ販売ってまさにこれですよね。
上手くやれた人はみんなこうやったから。
その行動や使用したツールをまとめて
販売しているから
成果を出す物差しなのは間違いない。

ただ、それをどうやって使うかは
やってきた人でないとちゃんと説明できない。
なのにそれは買った相手に委ねる。

それではなかなか
上手くいかないことが多いわけです。

聞いたことをやっただけで
成果がだせたらそんな楽なことはない。

それをやることの意味や
どんなやり方をしたらいいかまで
それを経験し、言葉に落とせる人が
コーチでないと難しいわけで
高校野球ならそれこそが名将といわれる
監督のことなのでしょうね。

私のモットーは
「何を言うかでなくてどう言うか」
今日書いたようなお話が前提で
いつもそれを大事に思っています。

その「どう言うか」という部分を
その人にあった表現でどう形付けていくか
日々鍛錬の毎日です・・・・。