食事をするときの会話

2月は、なんだか慌ただしい毎日です。
そんな書き出しをすることで
最近、ブログ更新をしていない言い訳を
しれっとしてる森下です・・・(笑)。

今日、2月24日は長女の誕生日。
11歳になりました。
あっという間に大きくなります。
今晩の晩御飯は、
長女の大好物の唐揚げと揚餃子を
大量に揚げるミッションを
奥さんより指示されています。
頑張ろうっと♪

先日読んだ本に書いてあった話に
妙に納得したお話。

日本マクドナルド創業者の藤田田さんが
書かれた「ユダヤ商法」なる本を読んでました。

お金儲けにとてもシビアなユダヤ人の考え方。
納得することもビックリすることも
いろんなお話が書かれていました。
その中で面白いお話が書かれていました。

ユダヤ人に「人生の目的は何だ?」と
聞かれた藤田田さん。
当然「金を儲けること」と思っていたら
答えは予想外にも
「おいしいものを心ゆくまで食べること。」

「それでは、人間はなぜ働くのだろう?」
と聞くと、ユダヤ人の答えは
「人間は食べるために働くのさ。
働くためのエネルギーをつけるために
食べるのじゃあないよ。」
と答えられた話。

なんとも興味深いお話でした。

そんな考えのユダヤ人なので、
ユダヤ人は食事の際には
戦争や宗教の話と並んで、
仕事に関する話は絶対にしてはいけない
暗黙の掟があるのだそうです。

昔、一緒に食事をしたくない人がいました。
どれだけ美味しいご飯を食べれるとしても
全然、一緒に行きたくないんです。

今、思えばその人は、
いつも仕事の話ばかりの人でした。
なんなら食事してるときの
会話のほとんどが説教タイム・・・。

どれだけご馳走食べても全然おいしくなく
嫌だった理由がわかり、妙に納得しました。

でも、こうしたことって
結構多いように思います。

例えば、去年年末によく見かけた
職場の忘年会をスルーするといった話。

社会人として組織人として
そういったコミュニケーションの場を
全て否定するような話もいかがなものか?と
いった思いもありますが、

もしその場の話が仕事の話ばかりだったり、
立場の弱い人たちに何かと
攻撃だけするだけの機会でしかなかったのなら
そもそもそんな楽しくない場は
嫌でしかないわけです。

そうならないような空気づくり、場づくりに
取り組まない限りどんどん
コミュニケーションの機会が無くなりますよね?

食事中に仕事の話はしないぐらいの
心の余裕はもってほしいものだと
書かれてましたが、
仕事のパートナーであればあるほど
逆にそう心がけないといけないのかも
しれないと思いました。

奥さんといつも話すことなのですが
「楽しいことや嬉しいことは
何を食べるかでなく誰と行くか。
どこに行くかでなく誰と行くか。」
そう思っています。

嫌いな人と最高級の肉を食べても
美味しいってそれほど思わないけど
好きな人と安物の肉を食べても
美味しいって思うよなって話。

毎日の生活のパートナーである家族と
一緒にご飯を食べるときは
その1日であった楽しかった話を
しながらみんなでワイワイ食べてます。

たまにはご飯の前に娘達を怒ることは
ありますが、食事の前には小言は終わって
なんだかんだとおしゃべりして
晩御飯を楽しみます。

一生懸命お話してくれる娘たちを見ながら
お酒を呑んで楽しく酔っぱらう
そんな父親をしています。

でも、そんな晩御飯が
一番幸せだったりします。

とは言え、忙しい日本人ですから
三食全てとは言えませんが、
晩御飯くらいはゆっくり楽しみたいですね。

今日は長女の誕生日。
修行僧のごとく
唐揚げ、餃子を揚げ続けたら(笑)
後はビールでも呑みながら
家族4人で楽しくご飯を食べて、
ユダヤ人の如く、人生を楽しみたいと思います。

ユーモアとペーソス

1月半ばと言うのに暖かい日が続きます。

年末、左耳が不調で病院に行きましたが、
年明けても違和感続くので、
違う病院にいったら、
めでたく突発性難聴と診断されて
薬を飲んでる森下です。

突発性難聴は発症してすぐ病院行けば
比較的すぐに治るようですが、
2~3週間過ぎてからだと厄介な模様。

突然なりますので、
耳に違和感感じたら仕事で行けないのを
言い訳にせず、皆様すぐ病院行ってください!

さて、今回の記事は、
ユーモアとペーソスについて。

子どもの頃、よく映画やドラマの内容を
表現するときに聞いてた表現。
「ユーモアは分かるけど、
ペーソスってなんやねん!」と
よく一人ツッコミしてましたが(笑)、
これって本当、人間としての魅力って言うか
豊かな人生を歩むのに本当必要だなと
50歳前になり、しみじみ感じています。

そもそもユーモアって言葉は
「笑い」ってニュアンスで受け取ってますが、
もうちょっと掘り下げると
「人を和ませる可笑しさ」
「上品で知的な笑い」って意味になります。

反面、「ペーソス」って言葉は
「しんみりとした哀愁」
「物悲しい感情」といった意味。

そんな2つの言葉が兼ね添えられると
「人間味溢れた奥深いもの」になります。

ユーモアが人を和ませ、
ペーソスが引き寄せる。

そんなことを読んで知ってときに
本当、腑に落ちたというか
納得した自分がいました。

くだらないことで人を笑わせることも
素敵なことですが、
そこにちょっとした意味合いというか
和ませるような何かがないと
本当、すぐ飽きてしまいます。
何回も続くとちょっと不快になる感じ。

何事にもネガティブな感情の人には
一緒にいてうんざりしてきますが、
弱さと言うか、弱みと言うか
実らない日々、報われない感情も
時として感じれないと
なんか人として響いてこない感じが
するのも実際のような気もします。

なんでも楽しいほうがいいですが、
たまにはしんみりとした時があって
メリハリがないと満足、充実しない?

私はやりたくないことだけど
やらなければいけないことは
結構、嫌がらずにやってきました。

「なんで俺が?」
若い時はしょっちゅう思ってました。

だけど、一緒にやり続けたこともあります。
それは、どうせやるなら楽しいでやろう。
周りをまきこんで、
みんなで楽しんでやろう。
そう思ってやってきました。

こんな風にやらない人が
実際は見ていてとても多いと思います。

でも、やってみたら事実、本当に楽しい!

仲間や知り合いもできて、
一緒に笑えたり、共有できる感情が増えて
ますます仲良くなります。
そして、これが人生楽しく過ごせるヒントだと
どこかで気づける瞬間がします。

損得勘定主義の人には
いつも全く理解してもらえないのですが(苦笑)、
それなりに人生を楽しんでいる私の
楽しむ秘訣はここにあると思っています。

男前に生まれたわけでもない。
背が高く生まれたわけでもない。

特に身長は後10cm高かったら
人生変わってたのに・・・・・
と他の要因は全て棚に上げ、
見ないふりして勘違いして
こっそり生きてましたが(笑)、

30歳過ぎたくらいから、
そんなことより人間として
魅力のある人になりたい。
そう思ってきました。

非を認めず強がるより、泣いたり
ごめんなさいって言える人に。

つまんないことでも意味あることは
笑って引き受けれる人に。

理解してもらえないときに
例え、それをグチりながらしたとしても、
そのグチは他人から聞いたら
ユーモアに満ちた言い方で言うように(笑)。

そう思いだせたから、
昔の友人と一層、親交が深まった。
心許せる友人にたくさん出会えた。
何より、奥さんに出逢えたと思っています。

(50歳前になって未だに
その人の見た目や生き様を安易に
ディスる人も見かけますが、
全く幸せそうでなく自業自得かと。

言ってる本人はそれはユーモアだと
勘違いしているのでしょうが、
笑えないことに気づいてほしいですね。
上から目線で偉そうに言いますが。)

なので、これからも
ユーモアとぺーソスを大事に
日々過ごしていきたいと思います。

なので、突発性難聴ちゃん。
貴方とは仲良くしづらいから
早く私の左耳から自立して旅立ってね(笑)。

「なんで俺は嫌われ者なんだ」
そう悩むかもしれないけど
私から自立したら立ち飲み屋ででも
グチも聴いてあげるから・・・。

がハハハハ。
さて、今日も頑張りましょう!!

恩師に巡り合えるということ

9月も半ばになるころから
すっかり涼しくなりました。

汗かき、暑がりの私も過ごしやすく
日々、過ごしています。
と言ってもTシャツ、短パン姿ですが(笑)。

季節の変わり目は体調を崩しがち。
皆様、ご自愛ください。

昨日、出張帰りの新幹線の中でのこと。
読んでた本も読み終わり、
姫路に帰るまですることもないので
携帯いじってネットを見てたら
今、人気あるモノマネタレント、
りんごちゃんのエピソードを見かけました。

彼女?彼?の高校時代の話でした。

その記事を読んでいたら
ずいぶん前に読んだ本の
とあるエピソードを思い出しました。

この2つの話の共通点は
恩師に巡り会えるかどうかってことは
人生においてとても大事って話です。

以前読んだ話はこんな話でした。

徳永先生っていう小学校の先生がいました。
初めて30代で校長先生にまでなられたけど
数年で一教員に戻られたその先生の話。

その先生の教え子に、
両親が分からない生徒がいました。
かなりやんちゃな子供だったらしく、
大問題を起こしたことがありました。

宿直の夜に徳永先生は
「君の精神をたたき直してやる。」と
呼び出します。

その夜、徳永先生は
その子に説教することもなく、
何かをさせることもなく、
ただギュッと抱きしめて寝られたのでした。

その教え子は大人になり
会社を起こして大成功し、
自分と同じような身寄りのない子を引き取って
立派に育てたのだそうです。

その教え子は大人になり
「今の自分があるのは小学生の時に
徳永先生に抱いて寝てもらったのがきっかけ。
先生にお会いしたい。」と言って
再会されたという、そんなエピソードでした。

(書いててもちょっと涙でそうになりますね。
学校の先生になりたかった私としては
本当に素敵な話だなと思っています。)

りんごちゃんの話は高校時代のこと。

詰襟の制服を着てても髪の毛はセミロング。
普段も女の子の友達と一緒に遊んでいる
見た目は男の子でも、
心は女の子だったようです。

昔に比べたら、
まだ理解してくれる時代になったとはいえ、
人によっては、まだまだからかったり、
時としてイジメにつながりかねません。

そんなとき先生が男子生徒を集めて
こう言ったようです。

「〇〇(りんごちゃんの本名)の個性を
認めてあげよう。
つまらないことで〇〇を
イジメないようにしなさい。」と。

こうしてからかわれたり、
イジメられたりすることのなかった
りんごちゃんの今があるのなら
なんていい先生なんだろうって
読んでて一人、熱くなってました(笑)。

彼女の可愛気あるキャラクターは、
イジメられた怒りや
悲しみがないからなのかなと
ふと思ったりしました。

もしかしたら悲しみもいっぱい
乗り越えてるのかもしれませんが、
人生でそんな恩師に出逢えたこと、
そんな優しさに触れられたことは
とてもラッキーだったと思うのです。

私はよく言ってるのですが、
人生で
たった一人の親友と
たった一人のパートナー(理解者)と
たった一人の恩師に出逢えたら
人生はOK!と思っています。

友達がたくさんいるから
恋愛をたくさんしてきたから
いつの時代にも恩師が一杯いるから
いいだなんて全然、思っていません。

でも、たった一人でいいから
親友とパートナーと恩師には
出逢えるようにチャンスを見逃さず
日々過ごしていきたいとは思っています。

そんな人たちに出逢えたのは、
ただ運がいいだけかもしれませんが、
逢えたこと自体は人生の財産です。

幸いにも私はその3人には出逢えました。
そのことに感謝して、
今後もそうであり続けれるように
日々精進したいと思っています。


(この2人は+αの財産です(笑)。)

鉄は熱いうちに打て!

朝晩、少しは涼しくなってきましたが、
日中はまだまだ暑いですね。
体調崩さないように気をつけたいと思います。

先日、岡山に行ってきました。
というのも私は新卒で
岡山の大手ハウスメーカーに就職したのですが、
今でもその時の同期たちと交流があります。

20数年経った今、同期は2人だけ
残っていたのですが、
そのうちの1人が転職することになり
送別会を開催したので参加してきました。

といっても幹事は、私なのですが(笑)。

新人時代、仕事を教えてもらった
上司や先輩とも久々にお会いして、
懐かしくも楽しいひと時を過ごしました。

話は当然、昔話になりました。
恥ずかしい失敗談の話になったりして苦笑い。

勤めたのは短い時間でしたが、
この時代に教えられた事や躾けられた事が
今でも自分の根っこになってることに
改めて気づいたりしたのでした。

私は現在、小5と小3の娘がいます。
いいことしたらきちんと誉める。
悪いことしたらきちんと叱る。
精一杯愛するけど、甘やかさない。

こんな感じで子育てをしているつもりです。
いっぱい誉めてあげたいし、
そんなに叱りたくないのですが
毎日、叱ってばかりだったりします(笑)。

私は娘たちに子どもだから許される、
そんなこと言っても仕方ないとか思わず
大人にいうような叱り方をしています。

厳しいと思う人もいるかもしれませんが、
子どもの時に子どもだから仕方ないと
しっかり叱られなかった子どもが
大人になって気づくとは到底思えず、

「子どもだからスルーはしない、
父ちゃんは今からしっかり伝えたい。」と
言いながら毎日毎日叱ってたりします(笑)。

教育って最初でほぼ決まります。

最初にきちんとしておかないと
先で大きく生まれ変われる可能性は
著しく低いものだと実感してます。

最初にチャレンジすることや
頑張ることを経験していない人が
歳を重ねたからといってできる人には
ほとんど出逢ったこともありません。

かといって重労働や長時間労働を
推奨しているわけでもありません。

でも、ある程度の負荷や練習時間は必要で
それすら否定しては、
成長は厳しいものだと思っています。

子育ての中で一層そうだと思ったきっかけは
長女が産まれたときに
大好きなお客様からお祝いで頂いた絵本でした。

もう100刷くらいされてる絵本なので
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、
その絵本は、せなけいこ さんの絵本です。

「えっ?子ども絵本がこんなオチでいいの?」

初めて読んだ時、もう衝撃を受けました(笑)。
でも、それが世の中の真実なオチならば
例え、子どもとは言え、
それを知っていたほうがいいわけです。

世の中は平等なものだと教えたとしても
現実は不平等なものですよね。

頑張ったから報われるとか教えても
現実は報われない人も多いわけで、
大人になったときに
あれは嘘だと思ったりするわけです。

「真実は、
報われるかどうかはわからないけど
頑張らないと報われないよ、
そしてやりたい方法で報われるのではなく
正しい方法でないと報われないよ。」

そのことを教えておいてあげることが
大事だと思うのです。

「子どもだから電車で騒いでいいのではない。
子どもでも電車では騒いではいけない。
ただ、子どもだから
許してくれる大人もいるんだよ。
大人だったら許されないよ。
かといっても誰も注意なんかしてくれないよ。
あんな人は相手にしないようにしようと
見捨てられるだけなんだよ。」

そのことを言っておいてあげないと
10歳になったから静かにしなさいと言っても
今まで騒いでも許されてきたことを
何回も学習してるわけですから
そう簡単に言うこと聞かないわけです。

せなけいこさんの絵本は
3歳くらいからそれを
ストレートに伝えてくれているのです。

子どもに厳しい内容だなと思う人も
いらっしゃるでしょうが、
100刷もされている
ベストセラーな絵本なことを思えば、
これって実は、真実なのだと思っています。

「鉄は熱いうちに打て!」

子育ても 教育も 指導も同じです。
最初にきちんとできるかどうかで大事です。
もちろん後で変われるかもしれませんが
とてつもない遠回りで時間がかかります。

最初なら5秒で終わったことを
後から10年かけて変えるのなら
最初にしたほうがいいですよね?

新人時代に躾けられたこと。
例えば、
挨拶を率先してしろ!
電話は率先してすぐ出ろ!
トイレ掃除を率先してしろ!
三つ子の魂、百まで。
今となっては心から感謝しています。

岡山から帰ってきてから、
そんなことを思ったのでありました。

絵本繋がりで最後に紹介。

「100万回生きたねこ」という絵本。
これもめちゃくちゃ名作ですね。

自分さえよかったらいいと思ってる人。
綺麗事言っても、結局は金儲けでしかない人。
相手に対して全然、敬意を持てない人。

そんな人からしたら
何にも感じることのない絵本かもしれませんが、
この絵本を読んだら、
なんだか胸がざわめくような人と
一緒に過ごしていきないなと思う森下です。

モラル・ハラスメント

7月になりました。

暑くなってきたせいか
読書することが増えました(笑)。

ここ数か月の読書のペースは
ビジネス本や自己啓発本で10冊~/月、
音楽、野球、格闘技、お笑い、麻雀などの
趣味の本が5~10冊/月といった
ほどよい いい感じ(笑)。

読み直した本が何冊もありますが
だいたいこんなペースです。

どの本も面白く、学びになる事は多いですが、
今までモヤモヤと思っていた疑問や
漠然と悩んでたことをズバッ!と
痛快に言い切ってくれるような本に
出逢えることはそうあるもんでもありません。

そんな中、久々にズバッ!と
心を切られる本を読みました。
実は先月に読んで、あまりにも納得したので
1か月ほど寝かして再度読みました(笑)。

その本は、早稲田大学名誉教授であり、
ラジオの人生相談を40年以上されている
加藤諦三さんが書かれた
「モラル・ハラスメントの心理」と言います。

今の時代、〇〇ハラスメントって言葉
何個あるんだろうと思いますが、
モラルハラスメントとはどういったものか?
興味があったので読みました。

問答無用のハラスメントはさておき、
なんでもかんでも受け手側の判断で
ハラスメントだと騒ぐことも
時として、それこそ暴力や痛がらせと
感じてしまうときもあるのですが、
これからの時代はこれらの言葉の意味を
きちんと把握しておくことは大切と思います。

そんなところで知った
モラル・ハラスメントとは、一言でいうと
「美徳による束縛」
「恩着せがましい無意識の束縛」といった
ニュアンスでした。

モラル・ハラスメントの加害者は
相手に罪の意識を持たせることが狙い。
善人の顔しながら相手に
罪の意識を持つように追い込み、
愛の言葉を持ちだして相手を支配します。

それでいて本人は悪気がなく
無意識だったりするので
結構、タチが悪かったりします(苦笑)。

言ってるほうも善人の顔をしてるから
相手も周りもそれに気づきにくい。

例えで書いてあったのは
親が子にするモラル・ハラスメントでの
典型的な言葉は
「あなたさえ幸せなら私はどうでもいい。」

表面は「愛情」 隠された内面は「束縛」
躾とか教育という美徳による支配。

暴力をふるう最悪の親は分かりやすいが、
モラハラをする親は分かりにくい。
こんな感じで書かれていました。

自分に置き換えたとき
学生時代でもいつの時代でも毎日の中で
モヤモヤしたこと、漠然と疑問に感じたような
こんな瞬間が多々ありました。

どうしていいことを言ってくれてるように
思えるのにこの違和感は何だろう?

どうして周りの人は相手だけを正しいと思い
こっちを責めてくるのだろう?

日々の中で感じていた不協和音の正体は
これだったのか?
来月47歳になる今になって
やっと気づいたりしたわけです(笑)。
遅っ。
30年くらい返せ!!!

笑って思えるだけマシなのかも知れません。

こう思うとまだセクハラやパワハラのほうが
憎む相手を特定しやすく
周りにも分かりやすいだけ
マシなのかもしれませんね。

モラハラは、相手が善人に見えるし、
言葉の響きが綺麗な分だけ
誤解して受け取ってしまいます。

「あなたのために」という言葉は
相手の心を縛り、相手を支配するための言葉。

「お前の将来を思えばこそ」という言葉は
相手を束縛することを合理化しているだけ。

正論で叱るとき、もっともらしく見えるが、
相手に当たった場合は、
それは自分の怒りの合理化である。

相手に高圧的になることは、
自分の無能を隠すためである。

読んでて「俺、大丈夫か?」と
ドキドキしてきますが(笑)、
周りの人や家族、友人、何より我が子に
自分はこういった態度でいないか?
本当に自分を客観視できるいい機会でした。

「お前はダメな人間」と言われたら
戦うこともできるが、
「あなたは罪のある人間」と言われたら
戦う気持ちすらなくなる。

本当、言葉ひとつで相手を傷つけてしまう。

ハラスメントといった言葉だけが
世の中を一人歩きして、
こういった本質が隠されないように・・・

真面目に一生懸命生きている人が
報われる世の中でありますように…

娘たちにモラル・ハラスメントをする
親になりませんように・・・

たまにこの本は読み返せるように
「定期的読み返す本 BOX」に入れました。

追伸

モラル・ハラスメントの被害者は
自分よりさらに弱い立場の人を見つければ、
時にモラル・ハラスメントの加害者に変わると
書いてありましたが、

これって高校1年生のときに
ブルーハーツが発表した曲TRAIN-TRAINの歌詞
「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく」
と同じ意味。

先日、働き方改革の今を逆走する重労働に
心も体もすり減った大切な人と話したときに
「なるようになるさ」といい意味で開き直って
もう一度立ち上がろうとしてくれたのですが、

これって中学3年生のときに
ブルーハーツが発表した曲 少年の詩の歌詞
「どうにもならない事なんて
どうにでもなっていい事」と同じ意味。

そう思ったら30年前に
もう教えてもらってんだなって気づいてから
最近は今更ながら
ブルーハーツを聴き直しています(笑)。

何気ない一言で・・・・

6月も下旬に差し掛かったというのに
まだ梅雨入りしていない姫路。

今日明日は、大きなお祭りの一つ、
ゆかた祭りが開催されます。
毎年22日~24日の3日間ですが、
今年はG20サミットの警備の都合で
2日間開催になった模様。

昔は、約800店ほどの屋台の数で
姫路駅前は埋め尽くされ、
にぎやかなお祭りでしたが、
今はかなり縮小されました。

昔のような盛大なお祭りに戻ってほしい
と思うのは、私だけではないはず。
時代の流れとは言え、寂しいものです。


(昔はこんな感じだったな・・・)

昨日、ニュースで八村塁さんが
NBAのドラフト会議で1巡目に
指名された話を見ました。

すごいことのようですが、
なんせ中1で身長が止まった私からすると
バスケットボールは興味あるスポーツでは
なかったのでピンときません(笑)。

ただ、八村選手が満面の笑顔で
堂々と挨拶しているのを見て、
とても好感を持ちました。

手のひら返してNBAの試合も観そうです。
活躍を応援したいと思います。

八村選手がインタビューで
中学校時代のコーチへ感謝を伝えたいといった
話をされていました。

バスケをした一番最初に
「お前はNBA選手になれ!」と言われたこと。

おそらくこのコーチはそんな深い意味もなく
ある意味、無責任に言った
そんな一言だったと思います。

でも、八村選手はその一言で
新しい世界が開かれたと思うのです。

そう思うと、一番初めに言われた言葉って
とてつもなく大きな影響力があります。

最初にお世辞でも言われたその一言で
特に子供は、そのことに興味を持ち
そのことを頑張ろうと思います。

逆に言えば、最初に笑われたり、
馬鹿にされたらそのことに
興味すらなくなるわけですから、
最初にかけられた何気ない一言で
未来は大きく変わるのだと思います。

以前、テレビの番組で
ある有名私立高校の物理の先生が
教え子の中で一番優秀だった生徒の話を
されているのを見ました。

その生徒は、大人になり
アメリカで国際的な建築士になられていて
大成功されていました。

どうして物理ができたのか?
どうして物理に興味を持ったのか?って
質問されてた時にこんなことを言われてました。

その人はもともと物理は
興味も全然なかったそうです。

ただ、高校入って一番最初の物理の授業で
先生がこんなことを言われたそうです。

「物理とは何か?
物理とは未来を予測する術だ。
例えば、ここからボールを投げた時、
何秒後にどこに到達するかは未来の話。
あらかじめ予測するのが物理だ。」

それを聞いて「何、その面白い話?」と
思ったその人は興味をもって学び、
自分の人生において大きな影響を
受けられたと言ってました。

もともと優秀な人だったのでしょうが、
その一言がなかったら
ここまで物理に興味を持つこともなく、
もっと違う人生を歩んだかもしれません。

そう思ったら先生が話した話ひとつで
大きく人生や未来は変わっていくのです。

そう思ったら自分が言う何気ない一言で
相手は元気にもなるし、
やる気も起きるけど、
言い間違えたら相手を傷つけ
やる気も興味もなくさせてしまうのです。

そう思ったら八村選手も
もともと才能もセンスもあったのでしょうが、
そんなコーチに巡りあえたことが
何より幸運だったのでしょうね。

私も人生を振り返った時に
ターニングポイントになった時には
ものすごい影響を受けた人との
大きな出逢いがありました。

なんでも自分一人でやれるようになったと
勘違いしてしまう時もありますが、
謙虚に出逢えたことに感謝できるよう
日々、心がけたいと思います。

仕事や勉強といった枠ではなく、
人生といった大きなくくりでは、
私にとって一番大きな出逢いは、
やっぱり奥さんです。

仕事が多忙でかなりお疲れ、
2週間ほど腰痛のようなので
この週末のどこかで1時間ほど
あんま でもさせてもらうことにします(笑)。

最初にすべきことは?

最近は子どもの行事が続いてます。
先週は運動会。
昨日の金曜日は、次女が校外学習。

木曜日に出張から帰ってきたので、
金曜日は朝から張りきって弁当づくり。
もちろん、嫁さんの分も(笑)。


(父ちゃん作の弁当)

校外学習、楽しみなのでしょうね。
次女は珍しく6時に起きてきました。
いつもは着替えなさいと言っても
なかなか着替えないのに
この日は6時5分には着替え終了(笑)。

7時半にいつもは家を出るのに
7時15分に出ていこうとする始末。
どれだけ楽しみやねん!と笑いました。
可愛い娘です。

今日は、朝からPTAの廃品回収と
子ども会の公園掃除がありました。
最近は、こうした行事ごとで
同じ町内の方々とお話しします。

子ども絡みの行事を通じて、
初めてその地域に溶け込んでいき
地元の人となっていけると
以前、本で読んだことがありましたが
最近、本当その通りだなと感じてます。

あいかわらず、乱読ですけど
いろんな本を読書しています。

先ほど書いた日々のこともあり、
いまだに「子育て」関連の本は
年に2~3冊は読んだりします。

「子どもの成長は3歳まで決まる!」とか
いまさら言われても
どうもできなくて困りますが(笑)、
いろんな本を読むたびに、
いろんな考え方があるんだなと感心します。

先日、読んだ本で、納得というか
そうだよな~と思ったのは
子どもを伸ばすためには
「まずは夫婦の関係をよくすること。」

子どもには何を言ったらいいかとか
子どもには何を教えたらいいかとか
最初に思いがちですが、
そもそも、まずは親がどうであるのか
こっちがどうであるかのほうが前提ですよね。

その本には、他にも子育てにおいては、
こんなことが書いてありました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
母親が幸せであることが最も重要である。

大事なのは、とにかく話をすること。

幼児期は特にしつけが大事。
しつけは決めたことを守らせること。

親として、子供に厳しく言えないことも罪。

お母さんが子どものことで成長しても
感情的な言動が多く見られるときは、
子どものことで夫に不信感を抱いたとき。

妻と子供がケンカをしたとき、
どちらかの味方をするのではなく、
どちらからも本音を聞けるように、
普段から信頼関係を築いておくこと。

一定の年齢が来たら
親は子どもに本気で本音を語ること。

子育ての基本は、自信を持たせること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まだまだたくさんありますが、
こんな言葉がかかれてありました。

読み終わって終わったのが
これって子育てだけでなく、
様々な人間関係にも言えるのでは?

そして何より仕事というか、
会社での社員教育に全て言い換えれるのでは?
と思いました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
社員を伸ばすためには
「まずは社内の関係をよくすること。」

社員が幸せであることが最も重要である。
(社長も管理職も社員の一員です。)

大事なのは、とにかく話をすること。

新人は特にしつけが大事。
しつけは決めたことを守らせること。

社長、上司として、
部下に厳しく言えないことも罪。

管理職や社長の奥様が社員のことで成長しても
感情的な言動が多く見られるときは、
会社のことで社長に不信感を抱いたとき。

管理職と社員がケンカをしたとき、
どちらかの味方をするのではなく、
どちらからも本音を聞けるように、
普段から信頼関係を築いておくこと。

社歴や実績がある程度積めたら
社長はその社員に本気で本音を語ること。

社員教育の基本は、自信を持たせること。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

耳の痛いところもありますが(笑)、
いい社員が見つからない、
入ってこないと言う前に
そもそもいい会社なのか?という
自問自答をすることが
大事なんだなと思いました。

子育ては、ある一定の
時期だけかもしれませんが、
人生の先輩として、先生として
若い世代にかかわっていくことは
人間、死ぬまで続くわけです。

しんどいから嫌だという人も
たくさんいるでしょうが、
それで辞めたら成長も学びも
終わっちゃうような気もします。

考え方や価値観が変わり、
今の若い世代にどう言っていいか
どう接していいかわからないとも聞きます。

注意することを何でもかんでも
パワハラだなんだと言われてしまっては
どうしていいかわからない時代。

とは言っても、我々も若い頃は
宇宙人だの、理解できないだの
言われていたはずです。

古代、ピラミッドだかの壁画にも
「近頃の若い者は・・・。」なんて
書かれているらしいので(笑)、
いつの時代も「教育」や「しつけ」は
永遠のテーマなんでしょうね。

そんな重いテーマを一人で受けるのは大変。

冒頭で地域の方と一緒に
子どもに接していくことで
その地域に溶け込める話を書きましたが、
そうやってみんなその時代を懸命に生きて、
次の世代を育てているわけです。

子ども会やPTAに地域行事。
会社の飲み会、個別相談など
めんどくさいからと逃げないで
一つ一つ積み重ねていくしかないのかな?

すぐに答えはでなくとも
関わる人たちと協力し合って
やりきれる環境を作ることが
もしかしたら一番最初に
私たちがやることかもしれません。

土台作りであり、場づくりでもあります。

子どもを伸ばすためには
まずは夫婦の関係をよくすることが
最初にする大事なことと同じように・・・。

明智光秀を知り、いろいろと考える・・・・

令和になって1週間が経ちました。
皆さんはどんな連休を過ごされましたか?

我が家は、なぜかこの連休に
ジャッキーチェンの映画「香港国際警察」を
part1~part3まで家族で観ました。

いつ観てもジャッキーはスゴイですね。
小学校1年生のときに酔拳を観て以来、
私のアイドルの一人です。

さて、このGWは
10連休とはなりませんでしたが、
結構、休ませてもらいました。

1泊2日ですが、平成最後に
滋賀県へ家族旅行に・・・

彦根城や多賀大社、信長の館、
近江八幡、比叡山延暦寺、
近江神宮に琵琶湖ミシガンと
強行スケジュールで観光してきました。
延暦寺はメインの根本中堂が改修中で
しかも雨で大変でしたが(笑)。

最近、百人一首に興味を持ちだした娘達は、
百人一首の聖地、近江神宮では
かなりテンションが上がり気味。

そんな旅行をしたこともあり、
帰ってきてから家族そろって
歴史の漫画をただ読みまくると
いった展開に(笑)。
あっ、百人一首も娘達は
やっていましたが、父ちゃんは爆睡・・・

今回、近江や安土を観光したので
読んだ歴史の漫画も
信長や秀吉、家康、石田三成や
明智光秀といった武将を読みました。

読んでみたら敗者の立ち位置の
三成や光秀がとても優秀で魅力的な
人物であり驚きました。

勝てば官軍。
成功者の言葉しか残らないから
見過ごされますが、
どんな時代でも集団のトップに立った人で
あるなら魅力的な人だったとしても
不思議ではありません。

特に明智光秀が魅力的な人であることを
知れてとてもいい機会でした。

この漫画の台詞を借りたら
光秀はこんな風に紹介されていました。

戦上手とたたえられ
戦国の世を渡り歩いた男

妻と子をこよなく愛し
家臣を大切にした男

領地に善政を敷き
民に慕われた男

比類なき武将 信長に
最も信頼された男

そして
信長を裏切った男・・・・

(朝日新聞出版「マンガ日本史」より)

信長を裏切った男といった側面でしか
見ていなかったことに気づきましたが、
結構、こういうことって多いですよね。

ある側面だけで判断するのではなく、
多面的に物や人をとらえるように
心がけることが大事なわけです。

戸田智弘さんという方が書かれた
「ものの見方が変わる座右の寓話」を読むと
こんなことが書かれていました。

ある日、六人の盲人が象を触って
その正体を突きとめようとした。

一人目の盲人は象の鼻に触り、
「象とはヘビのようなものだ」と言った。

二人目の盲人は象の耳に触り、
「象とはうちわのようなものだ」と言った。

三人目の盲人は象の足に触り、
「象とは木の幹のようなものだ」と言った。

四人目の盲人は象の胴体に触り、
「象とは壁のようなものだ」と言った。

五人目の盲人は象のしっぽに触り、
「象とはロープのようなものだ」と言った。

六人目の盲人は象の牙に触り、
「象とは槍のようなものだ」と言った。

それから、六人の盲人たちは
長いこと大声で言い争い、
それぞれが自分の意見を譲らなかった。


(あくまでイメージ画像です)

傍で見てたら滑稽な話です。
でも私達も物や人の一部分だけを理解して、
それが全てだと錯覚を起こしてしまうことが
多々あるわけですから、笑えない話。

またこの話は、
真実を表現する方法が異なっているだけであり
真実が異なっているわけではありません。

誰か一人が正しくて、
他の五人が間違っているのではなく、
また全員が間違っているわけでもない。
全員が正しいからややこしいわけです。

明智光秀の話もですが、
信長の裏切り者といった側面も真実ですが、
戦上手で渡り歩いたことも、
妻や子、家臣を大切にしたことも
善政で民に慕われたことも
信長に誰よりも尽くし、信頼されたことも
すべて真実なわけです。

ある一面だけでその人のことを
こんな人だと決めつけがちになりますが、
視野を広げて多面的にとらえられるように
ならなければと思った次第です。

ちなみに京の医師、
江村専斎は光秀のことを
「実直で礼儀正しい人だった」と評してますが、
イエズス会の宣教師ルイス・フロイスは光秀を
「裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷。
抜け目がなく、はかりごとの達人だった。」と
評していたようです。

実際、どんな人だったのでしょうか?
明智光秀の本が読みたくなりました(笑)。

「ルール違反」と「マナー違反」

1年でほとんど雪の降らない姫路でも
雪が舞っています。
インフルエンザもかなりの猛威で
広まっているようです。
皆様、ご自愛ください。


(漢方薬の麻黄湯が
インフルエンザの予防になる?と聞いてから
予防で飲んでいます。)

さて、今日はマナーについてのお話。

例えば、家族や友達といった人間関係を
うまくやっていくためには
「コミュニケーション 力」が
大事といった話のように

会社などの組織やチームで
うまくやっていくためには
「ルール」が大事と思っています。

誰がやる
いつまでにやる
それを誰がいつ確認する
どうやって引継ぎする

そんなことを決めて行きながら
ルールを決めていくと
バトンパスしていく業務は、
うまく進んでいきます。

もしそのルールでうまくいかなければ
みんなで再検討して変更すればいいわけです。

①各自の業務内容を明確化する
②変更が必要な時は皆で話し合い変更する。

要は、誰かが勝手にルールを変えたり
やらなくなったりせず
決まったルールどおり運営されているかを
確認する場所が「会議」であり、
確認する人が「責任者(○長)」なわけで

いろいろとスタッフの方と話しているときに
社内で低気圧な不満があるときって
だいたいこのルールを破っているのが
社長や部長などの「長」であったり、

その「長」が
特定の誰かだけを許しているといった
「特例」を作っていたりするときに
いつも何か目に見えない根本の問題を
感じることが多々あります(笑)。

なので、
ルールを決める、守る、実行することが
できたらうまくいくように思っていましたが、
最近は、どうやらそのルール厳守より前に
マナー厳守のほうに
やっぱりポイントがあるように
思っています。

というのも
そもそもルールを守っていても
マナー違反する人が、
やっぱり和を乱す人なわけで

それならまずはマナー違反を
確認していったらいいように思うわけです。

「ルール」とは・・・
規則(行為や事務手続きがそれに基づいて
行なわれるように定めた事柄)。
決まり。

「マナー」とは・・・
礼儀作法(人がその社会生活を円滑に営み、
社会秩序を保つために用いる規範と実践の
総体)。
態度。

実はこういったことをいつも感じるのが
新幹線の中だったりします。

中国では今、指定席に勝手に他人が座り、
トラブルになっていることを
ニュースで見たりしますが、
日本ではまずありえないように思います。

指定席は買った人が座る。
こんな当たり前のルールを破る人は問題外で
日本は、ほぼルール違反者はいないはずです。

でも、これがマナー違反ってなると
結構いるように思いませんか?

①後部座席に人がいるのに、
配慮無くシートを最大限に倒している人。
②PC操作をしているときにやたらと
キーボードを叩く音がうるさい人。
③ずっと貧乏ゆすりをしている人。

個人的にはこの3つを
「新幹線三大マナー違反」と
しているのですが(笑)、
こうした人がいるときにいつも
周りの雰囲気が濁った感じがして
周りの方もイヤ~な気分になってたりします。
(肘掛け独占されるのもイヤですが、
肘掛けは半分?は取り返しにいくので(笑)。)


(肉まんの匂いという人もいるようですが
個人的には結構好きかも(笑)。
ただ、おなかがすいてきますね。)

社内でも
いつも怒っている人や
チヤホヤしないと不機嫌になる人、
そもそも全然、仕事をしていない人、
不平不満を言い続けている人、
口裏を合わせて派閥を作りたがる人、
自分勝手な人・・・・

ルール違反はしてないけど
マナー違反をしている人。

こういった人がやっぱりその組織において
問題の根っこなことが多いわけです。

マナーを礼儀作法に置き換えたら
挨拶や敬語、身だしなみも
大事な事がわかります。

「自分がどうでありたいかより
相手がどう感じるのか・・・。」
ビジネスってそこが大前提ですからね。

自己主張もいいですが、
やっぱり人間関係は相手があってこそ。

不快に思われては元も子もなく
やっぱり話してて気分いい人がいいです。

とはいえ、ルールやマナーを
一方的に押し付けるのはこれまた問題。

「それは抑圧であり、
相手に教えるときに
それを攻撃の材料にしてはいけないわけで、
思いやりのない指摘は
意地悪と変わらないよ。」って意見を
ネットで以前、見たことがあるのですが、
「なるほどな~。」と思いました。

これって以前、私が言ってた
「正論バカ」の一つにすぎません(笑)。

伝え方も とても大切で
それをコミュニケーション力というのなら
もう何が一番最初に大事なのかは
頭の中がこんがらがってきたので

まずは「決まったルールを守り
マナーをもって行動する。」ことから
改めて始めたいと思います。

「役割」を演じること

今年になってもうすぐ半月経ちました。
今日、明日は成人式ですね。

働いている子も学生してる子もいますが、
成人式では旧友と再会して
近況報告をしつつお互い祝って欲しいです。

先日、こんなデータを見る機会がありました。

カーネギー工科大学が
1万人の工場労働者を調査した結果、
成功の15%は仕事のスキルで
85%は性格的な要因、
特に他人とうまくかかわる能力によるものと
結論づけたようです。

又、ハーバード大学での研究では
解雇された数千人の男女のうち、
仕事の失敗で失業した人より
人間関係の失敗で失業した人の方が
2倍も多いことがわかり、

著名な心理学者ウィガム博士によると
1年間で失業した4000人の労働者のうち
仕事ができないからと失業したのは
全体の10%にすぎず、
残りの90%は他人とうまくかかわる事が
できないから失業した事がわかったそうです。

ここ最近を見ていると販売においては
買い手(お客様)側は
商品のモノそのものを重視する傾向が
強くなっていて
売り手側もモノにいろんなウエイトを
置いていると感じていますが、

組織においてや売り手側のベースとしては
依然として関わっているヒト側の側面が
大事なんだなと改めて思いました。

働き方改革なんかはまさにそれを
具体化したものの一つですよね。

当たり前といっちゃ当たり前なんですが、
意外とその当たり前が今の時代って
ちょっと軽く扱われている感が否めません。

そんなことを考えたときに
他人とうまく関われることのコツって何か?
と言われたら私は

自ら自分は
誰かに必要とされていると思える事
相手には
私はあなたが必要ですと伝えられる事

こう思えることではないかと思っています。

そしてどうやったら
自分は必要とされていると思えるか
相手は必要とされているか思ってもらえるか

そのために組織には
「役割」があるのではないでしょうか?

私は去年まで社員が10数人いる
会社の社長をしていましたが、
「社長」という肩書きは
「役職」というよりかは
「役割」といういう意味がわかり易いと
思っていました。

(このあたりは言葉の定義が似てるので
ニュアンスの問題なので(笑)、
ニュアンスがうまく伝わってくれたら
いいのですが・・・。)

各自その「役割」を認識して
それを演じきったら次の「役割」が
与えられるものでないといけないと
いつも思っていました。

課長という「役割」を演じきったから
部長という「役割」に
変わっていけるといった感じですね。

それを一定の年齢になったからといった
年功序列的配置の考え方や

社長の息子だからとか言って
その「役割」を無条件で与えたときに
組織内の上下関係って
大変になっているように思います。

それにその会社の各肩書きの「役割」は
どのようなものなのかを定義してないことも
混乱を招く大きな要因です。

そういったことが
部長なのにその部下の面倒をみない とか
課長の「役割」を演じたことがないから
部長になっても何をどうするかわからない、

その結果、部下ばかり重労働、重責務なのに
部長が手伝いも労いもフォローもせず
権利主張だけして定時で一人帰ってしまう。

そんなことが起きてしまいます。
(誤解なく聞いて欲しいですが
定時で帰ることが悪いわけはないですよ。)

それではその部署は
なかなか上手くいかないですよね。

上司だけがいつも正しくて
部下がいつも間違っているわけはないのなら
お互い必要と思いあえることが大事で、

そこには「役割」の定義を決めて
その「役割」を演じて定義を実践してみる事が
とても組織形成には大事だと思うのです。

トレーニングの一環で
「ロープレ」というものがあります。
正式にはロールプレイングと言いますが、
この言葉の定義は
「役割を演じる」という意味です。

お客様役になって「役割」を演じ
疑似体験をしてそこから感じるものは
何かを学びあうこと、

その様を他人事のように眺めて感じるものは
何かに気づくことが大事なのですが、

接客する人の話術やテクニックだけを
学ぶような機会だけになっているケースが
多いのもなんかもったいないですよね?
特に営業でのロープレは。

「役割」を演じきったときに
何かがわかると思ってやられているのなら
販売に置ける顧客との関わり方だけを
ロープレをするのではなく、

社内の人間関係や上下関係などの
各自の「役割」を確認しあう場としても
わかりあえるような
そんなロープレもあっても
いいのではないでしょうか?

普段、無責任な上司に
「俺について来い」みたいな
熱いキャラの役割をさせてみたり、

普段、反発ばかり言う可愛げ気のない部下に
「はい、やってみます!」と
すぐチャレンジするキャラを演じさせてみても
かなり面白いと感じています(笑)。

本人らは嫌がるでしょうが・・・。

でも、そんなロープレが
責めるだけの機会になってもダメですが、
成長には「現実を直面する」
そんなステップは大事なわけで、

その立場においての
各々の現実を直面することも
実は各自その「役割」の中にあるわけです。

それは、立場が上にいくほど
その現実は実績や数字に反映し、
立場が下にいくほど
その現実は勤務態度や姿勢に反映します。

だから、実績が出せない上司は
評価されにくく、
遅刻が多く挨拶ができない部下は
評価されにくいのです。

厳しいけどこれは各自の「役割」と思えたら
それを受け入れる覚悟もできるわけで、
そうしたら人間関係での悩みも
かなり減っていく会社になっていきます。

①自分の「役割」を定義する。
②その「役割」を演じてみて客観視してみる

こんなワークも1年に1回くらい
社長も部長も社員も
会社のみんなが笑って
ロープレできる会社になれたら
それが実はみんなが所属したい魅力ある会社に
近づいているのではないでしょうか?

うまくいかないことの原因は
他人ばかりにあるのではなく
自分の中にも最もあるといった事実を
直面できる人って本当カッコいい大人ですね。

そうなりたいと思っています。

さて、これは今から26年前での
成人式での私の写真(笑)。
体重も26kgくらい
痩せてるようにも思います(笑)。

何故、ハリセンを持っているかはさておき
この時代、男の人生は
40代が一番カッコいい!と
ずっと思っていました。

今年、47歳になります。
私はあの頃、描いていたような
カッコいい40代を過ごせているのでしょうか?

それでは、これから私の大好きな
自問自答をしようと思います・・・・・・。

ご清聴ありがとうございました(笑)。