「心技体」の「心」とは「お手本になること」

ここ2~3年、娘達のピアノの発表会に
行くことが増えました。

コロナの影響でコンクールは軒並み中止も
発表会のような形では開催されてます。
座席も縮小され、ドアは開きっぱなしで
冬場はなかなか寒かったりしますが。

小学生とは言え、演奏しているみんな
とても上手で感心しています。

自分が子どもの頃は暗くなるまで
外で遊んでいただけなんで
親子でも随分違うものですね(笑)。

ピアノを弾く娘を見て
親としてふと思ったお話。

大相撲の世界でよく言われる
横綱は「心技体」が揃って
備わっていなければならない言い伝え。

でもこれはどの世界にも言えること。
なおかつその世界のトップは
こうでなければいけないなと
ピアノ演奏を聞いている時でも
会社で仕事をしている時でも
なんらかの地域活動をしている時でも
感じる場面が多々ありますね。

辞書やネットで見てみると一般的には
「心」は精神力
「技」は技術
「体」は体力といった意味で
捉えられていることが多いようです。

でも「精神力」や「技術」「体力」って
抽象的で分かりにくいので、
もっと具体的な表現にした方が
自分自身も認識し、誰かにも伝えやすいので
言葉を言い換えてみます。

私は「心」は「お手本になること」
「技」は「日々勉強して練習すること」
「体」は「姿勢」
と置き換えるようにしています。

「技」は知識や変換力、
「体」は元気、佇まい、華
と言い換えてもいいかな?

ただ「心」は「お手本」以外の表現では
私は言いにくかったりします。

横綱でも最後に問われる「心」
強いだけじゃダメ、華があってもダメ。
お手本になるような生き様も
頂点なら兼ね備えてほしいといった願い。

自分だけが偉いと勘違いした人や
自分だけがよかったらいいと思う人がいると
組織って濁りますから。

例えばの話。

会社内で売り頭のトップ営業マンが
周りの人に自分の仕事を押し付けて
自分だけ先に帰る。
総務や庶務の人は自分の奴隷かの如く
利用や使用している。
「誰のおかげで飯が食えてる?」みたいな
態度で部下や他のスタッフに振る舞う。
何より自分だけはルールを破っても
結果出してたら出世していく社風。

こんなことは問題だらけの会社でしか
起きていないでしょうね。
そして、こうした会社の一番の問題は
キチンとやってきた人ほど辞めていくこと。

でも、そんな会社が未だに多いのも事実。

またそんな人を咎めない社長の場合も
スタッフは本当に先が見えなくなります。

とすれば「心技体」は
3つ揃ってこそ始まるとしても
組織が続いていき成長していく為には
「心」である「お手本になる人」が
組織にいなければいけないと思うのです。

ピアノ演奏も評価が「音」だけでいいのなら
ただ「技」だけの話で終わり。

生で演奏している姿も評価するのなら
立ち振る舞いや椅子の座り方など
「体」も見ないといけません。

でも「選曲」や「服のセンス」「練習態度」
「敗者を冒涜しない配慮ある喜び方」など
年齢的にも存在的にも
周りのみんなの上に立つ位置にいるのなら
「お手本となる」ような「心」の部分まで
審査する人には見てほしいと思う訳です。

人によってはそれを
妬み、僻みと言うかもしれませんが
「技」があるだけで勘違いして
自分が万能の神になった偉そうな人って
嫌われ者しか見たことないので(笑)、

親としては娘達に
ピアノは「技」だけを習っているのではなく
「姿勢」と「お手本となる心構え」を
習っているのだと伝えてやりたいと思いました。

とは言え、私は音楽好きですが
「音感」も「音程」も全くない父なので
恥ずかしくて「技」は何一つ
教えてやれないことは
娘達には内緒にしておいて下さい(笑)。
ガハハ。